手紙が消えていく。

最近手紙という言葉に馴染みがなくなっている。

それはみんなが昔ほど手紙を書かなくなったからだと思う。

ではなぜみんな手紙を書かなくなったのだろうか。

おそらくそれはSNSの発達が要因だろう。

その昔、自分の気持ちを文字にして表現する手段は手紙しかなかった。

しかし、今やSNSを使って簡単に自分の気持ちを呟ける。

それに簡単に書き直せる。というか打ち直せる。

封筒に入れる手間もなければ、切手を張る必要もない。

果たして手紙がSNSに優っている部分はあるのだろうか?

SNSは不特定多数に向けて放たれるが、

手紙は送りたい1人にしか届かない。

だから、SNSより手紙の方が深い内容を送ることができる。

そういった違いもLINEの登場によりなくなっていった。

LINEなら1対1のやり取りができてしまうし、

事実Twitterなどには到底発信できない様な秘密のやりとりをLINEでする人たちが増えている。

その結果バレて大変なことになっている。

けど面白いのはメッセージの内容が深くてもLINEを使えば送って良いという人々の意識の変化である。

そもそも手紙側だって、写真に撮られてSNSにあげられたら同じになってしまう。

こうなってくるともはや手紙にはどうすることもできない。

SNSはただ単に手紙の上位互換なのだとしたら、

より便利なツールとして、そちらに手紙ユーザーがスライドしていくのは

ごく当たり前の現象な気がする。

それでは、SNSは本当に手紙の上位互換なのだろうか?

自分の手を使って、何度も間違えるたびに紙を無駄にして書き直し作り上げる手紙は

過去の遺物なのだろうか?

僕はそうは思わない。

ここからは手紙にしかない、

手紙だけの良さについて、個人的に思うところを書いていこうと思う。

手紙の良さ。それは自ら文字を書くという点にある。

何度も間違える。その度に1からやり直す。

1枚の手紙を書くのに1時間かかったりする。

そんな非効率な文字のコミュニケーションがなぜ素晴らしいのか。

それは、そんな非効率な文字のコミュニケーションを、選んだことが素晴らしいのだ。

僕はある人に手紙をもらったことがある。

詳細は伏せるが心から謝りたいと思って送った僕の手紙に対しての手紙だった。

幸い僕は許してもらえることになったが、その時の文字を僕は忘れられない。

筆ペンで書道の時間の様に一文字一文字丁寧に書いてあった。

ボールペンで書いた自分が申し訳なくなるくらいに、丁寧な文字だった。

文字の内要以上に、この手紙は丁寧な時間をかけて作られたんだという

メッセージが伝わった。だからこそ僕は本当に許してもらえたんだと心から思えた。

文字の形は本当に人それぞれ違う。

僕はどうしようもなく汚い文字になるが、

例えばある人は丸っこく可愛い文字を書いたり、

ある人は漢字の一画一画にしっかりと強さを感じる様な凛とした文字を書いたりする。

文字によって手紙に感情が付与される。

この人はきっと楽しみながら書いたんだろうな、

これは床に寝転んでは絶対に書けない文字だ、

きっとしっかり机に向かって綺麗な姿勢で書いたんだろうな。

それだけ大事に書いてくれたんだなと思ったりするのだ。

手で紙に記す。

その文字をとって手紙という存在が生まれた。

SNSでのやり取りがホットな今、

逆に手紙の価値が猛烈に上がっている気がする。

想いを届けたい皆様、今がチャンスかも知れません。

マモル

マモルです。作品を見ること、作ることが大好きです。ちょっと気を抜くとすぐに、折り畳み傘に髪の毛がひっこ抜かれてしまいます。気を引き締めて毎日生きてます。生き急ぎ過ぎないように。

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