「優しいあなたに恋してた」最終話 


なつみちゃんとご飯を食べにきた。

僕はハワイアン料理のお店があるよと

提案したが、なつみちゃんの反応はそこまで良くなかった。

だからいつものように居酒屋とかにする?と聞いたらうん、と頷いてくれた。

なつみちゃんとハワイアン料理の店に行けないことよりも、

なつみちゃんがそこに行きたくないと言ってくれたことが嬉しかった。

「とり叩き1、生4〜16番で〜す!」

店員さんは声を張り上げている。

カチン、カチン、カチャカチャ。

食器や箸の当たる音があちらこちらで聞こえる。

そしてそれを上回る笑い声。

とてもこれからするような話をできる雰囲気じゃない。それでもいつも通りの場所でいつも通り話せばいいのかもしれないと気が楽になった。

何よりなつみちゃんが楽しそうだった。

「私、静かなお店だと緊張しちゃうんだよね…」

そう恥ずかしそうに言いながらシャンディガフを飲むなつみちゃんはびっくりするくらいに映えていた。

僕たちは最近の近況について話していた。

「え?なつみちゃん転職するんだ!」

なんとなつみちゃんは夏からアパレルの仕事に就くようだった。そこは実際に服を取り扱ってもらえる店舗を獲得する営業部門と、製品の質を向上させたり、生産ラインの管理を行う製作部門の2つがあるらしく、なつみちゃんは後者の製作部門に就くということだった。

「服についてるタグあるんだけどね?」

「あぁあるね。」

「適正な洗い方とか、綿がどれくらい入ってるのかとかそういう色んな表記のことについて考えたり決定したりするらしくて」

「へぇー結構重要じゃんそれ」

「そうー、もし間違えたら服が伸びたり、色移ったりしちゃうからさぁ〜」

「なるほどね〜」

「だから服のことで色々勉強中、去年洗剤の案件やってたの思い出す。」

「あぁーあの時毎日洗濯して写真撮ってたって言ってたね」

「そう〜!ほんと大変だった……」

「ねぇー」

「牧野くんは?大変だったりするの?」

僕はなるべく正直に話した。

香田さんとの話も話せる部分は話せた。

なぜなら近況の話をする上で避けては通れない存在が香田さんだったからだ。

香田さんに保湿液をぶちまけてしまったこと。

かなり僕のダメダメエピソードが露呈する形となってしまったが、なつみちゃんが笑ってくれたので僕は嬉しかった。

いつもの変わらない回になりつつあった。

僕は少々話し疲れて目の前にあった

ポテトサラダを食べることにした。

なつみちゃんもシャンディガフを飲んでいる。

隣の人達の会話が聞こえる。

どうやらカップルだった。

「チョレギサラダってなんでチョレギって言うんだろ」

「あー、確かに。え、なんでだろ。ちょっと待ってね」

男はスマホを手に取り何やら文字を打つ。おそらくチョレギの由来についてだろう。

「あーダメダメストップ。ダメだよすぐ調べちゃう」

「え?」

「最近の若い子は何でもかんでも調べようとするから」

「いや、同い年でしょ?」

「カズまず自分で考えてよ、なんでチョレギっていうのか」

「えぇ〜」

「ちなみに私は韓国語でレタスをチョレギって言うからだと思う」

「いやずる、絶対それだろ」

「カズも考えて」

「じゃあ俺はキュウリをチョレギっていうから」

「パクってんじゃんwえ、てかキュウリはメインじゃなくない?」

「うるさいな。答え見るぞ」

キュウリを食べる音がポリポリと聞こえてくる。

「レタスだった?」

「いや違う。正解は……キムチ……?をチョレギって言うらしい」

「いやキムチ入ってないじゃん!」

「それな?意味わかんな!」

そう言って笑い合う2人。

くだらない。

思わず僕は笑ってしまった。

するとなつみちゃんはちょっとびっくりしたようだった。でもすぐにワケを理解したようでちょっと声のボリュームを下げた。

「あそこの?」

「うん。面白い」

「わかる。いいよね」

「なんかさ……思った」

「ん?」

「すげえ……対等と言うか、量も、質もちょうどいいんだなって」

僕たちは話の流れでひそひそ声になっていた。

「あー、なるほど。確かにそうかも」

「お互いが思ったことをさ、ポンポン出しちゃう感じがいいんだよね。特に慎重になってない感じ」

「あーそうかも。牧野くん分析力すごいよね」

僕たちのひそひそしたトーンは

静かなトーンに変わっていた。

「ちょっとさ、なつみちゃんに聞きたいんだけどさ」

「え?」

「俺まだなつみちゃんのこと好きなんだよね」

気のせいだろうか。

時が止まったみたいに周りの声が聞こえなくなった。

なつみちゃんの表情が少しだけ変わった。





ユウくんを待つ私はテーブルにいた。

机にはユウくんが好きなハンバーグ、

そして鯛のカルパッチョを置いていた。

ユウくんによると19時までには戻れると聞いてたけど、結局戻ってきたのは20時に片足を踏み込んだくらいのタイミングだった。玄関の開く音がする。鍵がまた投げ込まれる。ガチャリと大きな音がしてユウくんが入ってきた。

「ごめんユズ……本当ごめん遅れて……撮影のバックアップに時間かかって」

撮影帰りのユウくんは今日も全身が真っ黒だった。黒いバックを隅っこに置いてバタバタと手を洗いに行く。私はその間何も言っていない。

なぜなら目が合わないのだ。常にユウくんはバックを置く場所を見てたり、時計を見たり、ほんの一瞬目を合わせたと思ったらすぐにどこか行ってしまう。

「ごめんバタバタして……」

ゆっくりと扉が開く。ようやく目が合った。

今度は真っ直ぐに私を見つめるユウくん。

逆にこっちが目を逸らしてしまった。

「ううん。大丈夫。」

「ユズ何か飲む?お水常温でいい?」

テーブルの上にあるコップを手に取り飲み物を入れてくれるユウくん。

「ハンバーグ冷めちゃったかも……」

「うわぁ〜ごめん。あっためるよ。どのくらいやればいいのかな?」

「わかんない、800で1分とかでいいんじゃない?」

「わかった。」

テキパキと動くユウくんはすごく頼もしかった。

こんなに頼りにできるユウくんは久しぶりだったし、

私はとても居心地が良くなった。

「おぉ!湯気が出てる!これは美味しそうだー!」

ユウくんがハンバーグを2皿温めてくれた。

テーブルに置かれるハンバーグは

肉汁が程よくレンジによって誘発されて

湯気が出ていて、とても美味しそうだった。

私は思わず「こういうのシズルって言うんでしょ?」

と聞いた。

漂う湯気や、肉をひっくり返した時の油がほとばしる感じ、アイスクリームをスプーンですくうあの感じ。とにかく食べ物を美味しそうに映しとるカットをシズルカットというらしい。この前喫茶店で牧野から撮影が大変だという話を聞いた。そこから派生して色々撮影の質問をしたのだ。

ユウくんは居心地悪そうに

「そうだね、よく知ってるね」

と言った。一瞬表情が曇ったユウくんだったが、

ハンバーグを口に入れた瞬間、その表情は驚きに変わった。

「うっま……ユズめっちゃ美味いよこれ……店できるよこれ」

「えー、ありがと〜」

食べながら私もそう思ってた、これはお店で出せるレベルだ。驚きながら食べ進めるユウくん。

私はつい心が軽くなった。

「前写真撮らないのって聞いてごめん」

「あぁ……いいよ、なんかわかってくれたみたいだし」

「わかったよ。すごく撮るのが大変なんだって、でも私は照明も全然ダメで、画質も良くないカメラでも、すごく良い写真だなって、ユウくんから送られるたびにそう思ってたよ」

「あぁ…そうだったんだ……それはごめんだけど……」

しばらくの沈黙が流れる。

ああ。失敗したなと思った。

天井のでっかいライトに目をやりながら、

ユウくんはこうならないために頑張ってくれてたのに、私が無理やりスイッチを押してしまった。

「俺さ、ユズに謝りたくて……」

「え?」

言葉を選びながら話してることが伝わってくる。

「……この前酔ってたじゃん、あれ」

「あぁ……あれ」

「お酒で覚えてないとこもあるんだけど……ユズを悲しませちゃったってことだけははっきり覚えてて」

「……うん」

「……だから絶対に謝らなきゃって思ってて」

「うん」

「なのに今日も遅れちゃって、本当何やってんだろ俺っていう……」

「それは……ね……」

1時間遅れてることに関してはフォローのしようがなかったので私も言葉を濁すしかなかった。遅れるなら一言言ってくれればいいだけなのに。ユウくんとのLINEはLINEとしての機能を失っていた。

「ごめん……ホント……」

アレ、なんだろう。

私何を言えば良いんだっけ。

ユウくんに言わなきゃいけないことがあったはず。

なのに今のユウくんに言うのはなんだかすごく気が引ける。無抵抗な人を傷つけるみたいな。

「いや……もういいよ。食べよ?ご飯。冷めちゃうよ」

なんでだろう。どうして私は私の言いたいことを言えないんだろ。またいつもと同じ結末になってしまう。そしてきっと私はまたユウくんに勝手に失望する。

こんなのユウくんじゃない。って思っちゃう。

言わなきゃいけないのに、言えないのはなんでだろ。

「そうだよな……ありがと。やっぱユウが言ってくれたもんな。やれば良いじゃんって」

そうだった。私がユウくんをこうさせたんだ。

私がユウくんの背中を押した。なのにその結果こうなったユウくんを私は受け入れられないでいる。私のはじまりのエゴと、今のエゴが正面衝突しているのだ。だから何を言っても私のエゴになってしまうのだ。

ユウくんは吹っ切れたようにまたカルパッチョを食べて美味いとリアクションをとっている。

ずるいなあ。

自分の言いたいこと言って、今日の話し合いのノルマクリアしたみたいに肩の荷を下ろして、

ずるいけど……私は何も言えない。

何も言えるわけがないんだ。

そんな資格すらない。

こういう時、私は涙を流さない。

人に弱いところを見せちゃダメだと私の中のプライドが叫ぶからだ。自分が落ち込んだ時。普通の人は涙が出る。でも私の場合は、色んな記憶がフラッシュバックする。過去へ、過去へ潜っていってしまう。別に何か解決方法を求めて潜るわけでもない。ただちょっとした現実逃避だ。私はポテチを食べてテレビを見てる。という私を見てる。そうだ。それはあの時ユウくんがいないのをいいことに、映画を見てしまっていた自分だった。私は思いの外熱中して映画を見ていた。

私横から見たらあんな感じなんだ……

しばらく私の横顔を見る私だった、次第に私もテレビの画面に目が向いた。映画は付き合いたてのカップルが一緒にお風呂に入っているシーンだった。

「ケンジ正直昨日のデート最後めんどくさかったでしょ」

「いや、そんなことないよ」

「いいよ、はっきり言っちゃって、怒んないから」

「えー……いや……めんどいってか、あんま寝れてなかったから……眠かったんだよ……」

「なんで寝れなかったの?」

「それは……レポートがさ、やばくて」

「んー……それ私だったらリアルだけどなー」

「え?」

「本当はなんで寝れなかったの?」

「いや……」

「言うんだ!言え!」

バスタブのお湯をケンジに掛ける彼女。

「わかった……やめろって……言うよ……

あの……楽しみで、寝れなくて……」

バスタブの中に口を入れてぶくぶくさせるケンジ。

「あははは!」

「ほらー!だから言いたくなかったんだよ!」

「言わなくてもどうせバレちゃうんだから良いじゃん。ケンジのこと、結果全部わかっちゃうんだから。」

「はぁー……」

そんなシーンを見る、

私の横顔はひどく満足気だった。

やっぱこうあるべきだよな。カップルって。

と言ったようにポテチを食べながら次のシーンを心待ちにしてる。私が私じゃないみたいだった。

今の私は全く共感できない。

その理由は明白だった。今のユウくんと私の関係は真逆だったからだ。私たちも、あのテレビの中の彼らも時間が経って、どんどんお互いがわからなくなっていってしまった。今まで積み重ねてきた時間は、より信頼関係を強固にするどころか、失いたくない故に相手に踏み込めない足かせとなっていた。

だから私はユウくんに踏み込めない。

「そう言えばさ、あの人ってどうなったの?」

現実の声に引き戻される。

「え?」

「いや、前ご飯食べてた時にさ、愚痴ってたじゃん、今度仕事する人がやばすぎるって。あれ。大丈夫だった?」

「あぁ……牧野くんのこと?」

「牧野くんって、なんか仲良い感じじゃん」

「いや、全然。現場でも大変だったんだよ……

それで私が臨時の上司っぽくなっちゃって……」

「あぁ、だからね。」

咄嗟にスラスラと嘘が出てくる。

実際はその全く逆なのに、

誰かの上に立っていたいみたいな気持ちが心のどこかにあるのかもしれない。だから私は人のミスをすぐに見つけてしまうのかもしれない。コミュニケーション能力が高いと言われてたのも、結局はすぐに嘘をつけるから高いと思われたのかもしれない。

牧野とカフェで話した場所にいた。

牧野との別れ際だ。

「香田さんの話が1番説得力ありました」

「あ、そうなんだ」

「そうですね、なんか今までの人全員男だったんで、やっぱ女性の言葉って……違うなって」

「あはは、何それ」

私は余裕そうに笑う。

でも実際は焦ってた。

だって私は今自分が置かれている状況を客観的に理解してしまった。

かなり今の状態は好ましくないということ。

このままいけば必ず悪い結果が起こること。

けれども私はなす術もないということ。

「ありがとうございます……ほんとに。

一度話してみようと思います。色々」

そうだ。牧野は最後話すと言っていたんだ。

牧野はものすごく真面目そうに見える。

アドバイスを実行に移すだろう。

私の言葉はかなり響いたと明言していた。

きっとほんとに話すだろう。

しかも話すべきことを話せるだろう。

私はどうだ?完全に怖気付いてしまった。

過去に逃げてる。

ユウくんがあと2、3口でハンバーグを食べ終わるというところまで来た。

「でも、ほんとよかったね……ユズ。」

「え?」

「その人との仕事、区切りついたんでしょ?

もう大変な目に遭わなくて済むじゃん」

「そうだね……」

あの時と比べて今の方が全然大変な目な気がする。

牧野にはなんでも言えた。だから溜め込むストレスもなかった。でも目の前にいるのはユウくんだ。私の大切な人で、それなりに長く一緒にいる。圧倒的にストレスが溜まる。

「ご飯ごちそうさま、おいしかったよ。本当久々にユズの手料理ちゃんと食べた気がするなぁ〜、これもらっちゃうね?」

私の食べ終えた皿も自然に受け取り、洗い場へ向かうユウくん。とても余裕があって、あの頃のユウくんみたいだった。でも、だんだん私は自分が惨めな気持ちになってきた。

どうしてユウくんは余裕になって、開放的になったんだろう。

どうしてユウくんは、前みたいなユウくんに戻ってるんだろう。

どうしてこのユウくんはすぐにいなくなってしまうんだろう。どうして私は何も言えないんだろう。

色々なことがグチャグチャになっていく。

ぐるぐると色んなことが巡る。

あの日のプレゼント。

寝てる私をおんぶしながら最寄駅から歩いた家路。

ちょっと寄り道したいと言って付き合ってくれたあの買い物。全然興味ないのに一緒に来てくれたジャニーズのライブ。

「ユウくんはさ……」

食器を洗う音が止まる。

「ん?」

ユウくんがこちらを見てる。

ユウくんは、

なんだか、

とっても、

嫌になるくらい、

「優しかったんだね」

その言葉を口にした時、

ユウくんは驚いてなかった。



「ごめんちょっとびっくりちゃって……」

「うん、そうだよね。ごめん。ほんとなつみちゃんって優しくて、だって、一回フラれてんのにこうやって会ってくれてさ……いっつも俺のことを肯定してくれて、やりたいこと任せてくれて、ずーっと優しいなって思ってた」

なつみちゃんはこちらを心苦しそうに見つめてる。

そこまでびっくりもしていないようだった。

「でもさ、その優しさに俺も甘えちゃって、ずっとこのままなつみちゃんとこうやって遊んで、近況話したりできれば良いやって思っちゃってた……」

相変わらず周りの声はうるさかった、

なつみちゃんにこの声聞こえてんのかな?

でも構わず話し続けた。

ずっと僕の口が話すことを待ち望んでたみたいに。

「だんだんさ、なつみちゃんと距離を縮めるのが怖くなって、少し避けられてる瞬間とか、わかってたけど、知らないふりしたんだよね……」

「そんな俺のこと見てさ……他の人がさ、こう言ったのよ、優しすぎでしょって、全部相手のことを受け入れすぎだって」

「俺も優しくなってたらしくて、なつみちゃんに……それっていいことだと思ってたんだけど……実は違ってさ、優しいって、なんか、相手にバリアを張ることみたいでさ、相手に不快な思いをさせない、けど自分の気持ちを抑えちゃうことで……」

俺何言ってんだろ、てか前反省してなかったっけ。

自分だけが話してる時って絶対良くないコミュニケーションになってるって、相手も反応して自分も反応する、言葉のキャッチボールが盛んに起きるのが、いい会話なんだって。でも今更止められない。

「だからさ……なつみちゃん、もしよかったら素直に、ほんとになつみちゃんが思ってることを知りたくて……もしよければだけど……」

「ほんとに……思ってること……」

「俺はなつみちゃんが好きで……この先も色々楽しく一緒にいたいって思う、なつみちゃんとこれからの人生一緒にいたいって思う」

「……」

「そんな優しいなつみちゃんが好きなんだ」

悩んでいた期間は半年以上。

ほんとはなつみちゃんが自分のことをどう思ってるのか。でもいろんな理由をつけてそれを聞かないでいた。それを今聞いた。なつみちゃんはなんて言うんだろ。

「えっと……まず、ありがとう。こんな私をそうやって、言ってもらえて。すごく嬉しかった。

だけど……やっぱり、牧野くんは……私にとっては、友達なんだよね。すごく仲のいい友達で……それは多分……ずっとそうなる気がする。ごめんね?牧野くんに応えられなくて……」

「うん。いや全然ありがとう……」

「ううん、本当にごめん、私本当は牧野くんがまだ私のこと好きなんだなって、気づいてた。でも牧野くんが優しくて……ここまできちゃった……」

「うん」

「本当、牧野くんの言う通りだった……私……牧野くんといい距離感でいたいと思って、それで色々しちゃってた……ごめんなさい」

なつみちゃんは目がうるうるしていた。

僕はなつみちゃんがくれたライダーのハンカチを渡した。

「大丈夫……?」

「大丈夫、自分のあるから……ごめん。」

なつみちゃんはポケットからライム色のハンカチを取り出した。無地でとても綺麗だった。

細井さんは正しかった、

香田さんも正しかった、

みんな正しいことをただ言っていただけだった。

そのことに耳を貸さないのは僕だけだった。

「ありがとう。正直に話してくれて……

そういう気持ちでもないのに、俺に付き合ってくれて、本当にありがとう。俺は凄い楽しかったし、いい時間を過ごせたって思えるから」

「うん……ありがとう」

「なんか、頼む?」

「うん、頼む」

僕はタブレットを机の上に広げた。

「そろそろデザートとか行く?」

「いや、もうちょっと食べたいな。」

「そうだね、もうちょっといこっか。」




「どうしたの?急に」

「ユウくんは凄い優しいじゃん。」

「うん、だからどうしたのよ」

笑いながら皿を拭くユウくん。

「でもそれは、ホントのユウくんじゃないんだよね。」

「え?」

「ホントのユウくんは、映像撮って、悔しい思いして、たくさん頑張るユウくんでしょ?」

「そういうこと……?」

「私が好きだったユウくんは、ホントのユウくんじゃなくて……優しいユウくんだったんだって、それを私も謝りたかった。ごめんなさい」

「ちょっと待ってよ、俺は俺だし、ユズはユズでしょ?ずっと変わらないじゃん、どうしたんだよ?」

「いや、私気づいたんだよね。私が好きなユウくんは私のために頑張ってくれる人なんだって」

「どうして……」

「本当に酷いこと言ってると思う、でもさ、みんなちょっとはそう思ってるって!」

「……」

「だって、じゃなかったらなんで私はここにいるの?なんで私はユウくんのご飯を作ってるの?」

「……」

「ユウくんの笑顔とか、美味しいって言ってくれることか、そういうのが……欲しいんだよ、でもユウくんは自分のことで精一杯になっちゃって……」

「それは……ユズも応援してくれてたんじゃないの?」

「こんなに辛いって知らなかったよ……

私もユウくんからいっぱい優しさをもらってて、それが当たり前だった。だから余裕があったの、だから私も応援できた……でももう、そんなんじゃなくなっちゃったんだよ……」

「そんな……」

絶句するユウくん。こんなことになるなんて

全く思ってなかったんだろう。

でも私は構わず話し続けた。

「ごめん……ユウくん。私のせいで、

ユウくんが私の好きなユウくんじゃなくなってちゃう……私それを見てられない……」

「えぇ…じゃあ今やってるのが終わったら、もうやめろってこと?」

「いや、そんなことじゃないよ……ますます私耐えられないよ……ユウくんは今のままでいいよ」

「え……じゃあどうするの?」

「私が離れる」

そう言うと私は立ち上がり、バッグに荷物を入れ始めた。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

急ながらユウくんが私の手を止める。

でも私は動かす手を止めない。

「ユウくんはそのままでいいから、私が出てくだけだから」

「なんでそうなるんだよ……悪かったよユズ……謝るから!いくらでも謝るから!」

「大丈夫……謝んなくていいから。むしろ私の方がごめん……」

「なんで……なんでだよ……めっちゃ今日無理して帰ってきたのに……」

「1時間遅れてたけど」

「バックアップ断ったんだって!それやると終電コースになるから、大事な用事があるってあれでも頑張って抜けたんだよ……」

「それ……伝わんないよ……言ってくれなきゃさ……」

私はじっとユウくんのことを見つめる。

ユウくんはしばらく私の目を見つめてたけど逸らしてしまう。

「なんでだよ……ハァ……マジかよ……」

ユウくんはもう私の手を引き留めてはなかった。

床に座り込んで、空っぽになった机を眺めてた。

あーやっぱりちょっと違うんだよなぁ……

私がユウくんに求めてたものって、

ユウくんが頑張って演じて出してたものなんだなあ……こういう突発的な行動を起こせば、ユウくんのホントの姿が見れると思った。

でもやっぱり、ユウくんは無理してた。

無理して私に優しくしてたんだなぁ。

歯ブラシとか、ベッドに置いてる小物とか、あー全部私のだったけど、もういい。今は一刻も早く、ここから出たい。

玄関を出る時、私は合鍵を自分の鍵の中から外そうとしていた。

「本気……?」

後ろからユウくんの声が聞こえる。

「……うん。」

「どうすれば、帰ってきてくれるの?」

振り向くとユウくんが立っていた。

驚くほど弱々しい姿だった。

突然おもちゃを取り上げられた子供のようにしおらしくしていた。私は深呼吸した。

「私を求めて欲しい。私をここに呼び続けて欲しい、すぐには無理だけど、何度も、何度もユウくんがまた私を呼んでくれたら、戻ってこられる気がする。」

それは驚くほど無駄な行為だし、ユウくんにとっては驚くほど無理をさせる行為だった。でも仕方がなかった。ちゃんと会話しないでいいような存在にいつのまにかなって、どんどんユウくんが私を適当に接しても大丈夫な奴だって見るようになったから。私は素直に気持ちを伝えた。

ユウくんは何も答えなかった。

「あと、鍵投げ入れないで。」

私は鍵入れにユウくんの家の合鍵を優しく入れると、

ドアを開けた。

こうして私はユウくんの家を出て行った。

LINEもインスタもブロックしなかった。

なぜなら、元からユウくんとのLINEは破綻していたからだ。

だけどカフェについて1人でバナナチョコパンケーキを食べていると、電話が鳴った。ユウくんからだった。

私はお客様のご迷惑になると思い電話を切った。パンケーキが美味しかった。



歩いていた。

さっき起きた出来事が頭の中でリフレインする。

なつみちゃんと話した会話が耳の中で反響する。

やがてそれが細井さんだったり、ツッチーだったりの言葉に変わっていった。

本当はめちゃめちゃショックだった。

みんなが言ってたことが正しくて

僕だけが間違ってた。

勝手に外の人たちがなつみちゃんに好き勝手言っていた。だから僕だけがなつみちゃんの前に立って、手を広げて、なつみちゃんを守ってた。けど僕は結局間違ってて、なつみちゃんにむしろナイフを突き立てられてしまった。今までの僕の頑張りはなんだったんだろうと虚無感に襲われた。でも、なつみちゃんには言わなかった。嫌な気持ちにさせたくなかったのだ。

だからありがとう。と感謝した。

嘘をついた。言った側から、本当じゃない気持ちを伝えてしまった。でもそれはやっぱり優しさなんだと思った。嘘をつくなんて、不誠実なことなのかもしれない。それが優しいことなのかもしれない。でも僕はその優しさを否定することはできない。だって、そんな優しいなつみちゃんが僕は大好きだったのだから。

カランカラン

「いらっしゃいませー」

「あ、待ち合わせです。」

前にも来たことがある喫茶店。

奥の方まで歩いて行くと

そこには美味しそうにフルーツパフェを頬張る香田さんがいた。

「香田さん……」

「牧野くん、お疲れごめんね、急に、何してたの?」

「いや、その……まぁ……」

「え、話したの?」

「はい……さっき」

「え、さっき?」

香田さんが必要以上に驚いていた。

けど次の瞬間、その意味がわかった。

「私もさっき、話してきた。」

「はっはっはっは!やっぱそうだったんだ!」

盛大に香田さんに笑われる中、

僕はオレンジジュースを飲んでいた。

「いや、そんな笑わなくてもいいでしょ……」

「いやー、ごめん、あまりにも予想通りだったからさー」

「酷いなー」

パフェを食べながら香田さんが言う。

「でも良かったね。なんかいい終わりかたじゃない?」

「そうですね!そこは……頑張りました。」

「えらいえらい、」

「でも香田さんも話したんですよね。やっぱ凄いなあ……行動力というか、で、家を飛び出しちゃうんだからな……」

「そうだねー、飛び出しちゃったね。」

「でも、それはユウさんの気持ちを戻すためにあえて、一度引いたってことなんですよね?」

(そうだよ。あくまで作戦。)

って喉元まで言葉がでかかった、

けど抑えた。

今回私は牧野に自分も話す予定だと啖呵を切ってしまったせいで、あれほど追い込まれてしまったのだ。

まあ話ができたのはよかったが、牧野の前で嘘をつくと変に後を引くのだ。牧野が正直すぎるやつだから、気が引けてしまう。だから私は、今度は素直になることにした。

「んー……いや、なんも考えてなかったよ?」

「え?」

「ただ、ユウくんから私が離れたくなったそれだけ。」

「え、でも別れてはないんですよね……」

「うん」

「じゃぁ、また一緒になる日が来るかもしれないってことじゃないですか」

「んー……どうなんだろうね」

なぜだか知らないけど、それ以上聞いちゃいけない気がして、僕は聞くのをやめた。

夜、誰もいない道を2人で歩く。

僕と香田さんは駅に向かっていた。

「きっと明日とか死ぬほど泣くんだろうなー」

「僕もそれはある気がします」

「あー終わったな〜私の人生」

「……こっからっすよ」

「え?」

「まだまだこれから、長ーい100年時代ですからね。まだ始まったばかりですよ」

「……そうだね。まぁそうしとこっか」

ふと香田さんが空を見た。

上にはまあるい月が出ていた。

「ムーンがワンダフルだね。」

「え?」

「えっ?てなるよね」

「はい……」

終わり

マモル

マモルです。作品を見ること、作ることが大好きです。ちょっと気を抜くとすぐに、折り畳み傘に髪の毛がひっこ抜かれてしまいます。気を引き締めて毎日生きてます。生き急ぎ過ぎないように。

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私たちのバタバタなんて知る由もなく
最後に笹原さんと細井さんが
特に面白くもないシチュエーションで
笑い合いながら次回もよろしくお願いしますと握手をしていた。

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