映画『月の満ち欠け』は感動モノ?それともホラー?感想が真っ二つに分かれている理由を考察|映画レビュー

ひなた

kikusuku編集長のひなたです。演劇とテレビドラマと甘いものと寝ることが好き。立教大学大学院 現代心理学研究科・映像身体学専攻・博士前期課程修了。

映画公式Twitterより

映画『月の満ち欠け』を観た人の感想が、真っ二つに割れている。

一つは「感動した」「あたたかい気持ちになった」など、映画のキャッチコピー「あなたも真実の愛に涙する。」という言葉からも想像されるような感想。もう一方は「ホラー映画を観た」という、なんとも正反対の感想だ。

なぜ、観る人によってこれほど大きな違いが生まれているのだろうか?


まず、両者の感想に共通するのは演者たちへの高評価だろう。

豪華キャストが集結した本作。
主演・小山内堅役の大泉洋は、幸せと絶望、愛情と怒り、後悔と赦し、拒絶と信用というように、対極にある感情が複雑に混じり合う一人の男を細やかに演じている。順風満帆な時期の晴れやかな表情から、悲しみに打ちひしがれる姿、戸惑いながらも過去や目の前の人を徐々に受け入れていく様子など、自然な演じ分けが見事だった。

妻・梢を演じる柴咲コウの好演も印象深い。人生のパートナーとして、また母としての愛情に溢れるしなやかな女性を印象深く魅せていた。梢は、観る人によっては印象が薄くなってしまうような役柄だが、柴崎のチャーミングな表情は物語全体を包み込むようであり、流石の存在感を発揮していた。

また、過去パートを担う二人からも目が離せない。
物語のキーパーソンとなる正木瑠璃を演じた有村架純は、ミステリアスな憂いや哀しみを帯びた佇まいがとても魅惑的。一方、彼女が表情を強張らせるような場面では、その魅力が押し込められ封じられているよう。その輝度が変化するさまにハッとさせられる。

役柄・芝居共に有村の対となるのは、三角役の目黒蓮(Snow Man)だ。その瑞々しさ、若さ故の真っ直ぐさや焦燥感の中に強く熱い衝動が燃えている複雑な心境を丁寧に演じている。歳を重ねても変わる事のない「ずっと探し求めているもの」への情熱を身体の内側から感じさせるようだった。

更に、特筆すべきは脇を固める俳優陣についてだろう。
正木瑠璃の夫・竜之介を演じた田中圭は、静かな中に宿る狂気、自分を正当化し続けた先に生まれる”無自覚な暴走”をごくごく自然に演じてみせる。その表情、台詞回し、佇まいから、観る側が思わず彼の(映画では)描かれない物語を想像してしまうような凄みがあった。

小山内家の娘・瑠璃の親友ゆいを演じる伊藤沙莉は、高校時代と母親となった現在との演じ分けが見事。軽やかな言葉と重みを持った言葉とを使い分け、ゆいが瑠璃や瑠璃の語る”とある話”にどう向き合ってきたのか、その年月や移り変わりを感じさせてくれた。

また、”子どもたち”の存在を忘れてはならない。小山内瑠璃を演じた菊池日菜子は、素直な高校生としての振舞いの中に、どこか大人びた芯を感じさせるような堂々とした芝居が良い。名子役たちの大人顔負けの名演も本当に素晴らしい。

では何故、観る人の受け取り方が二分したのだろうか。(※以下、作品の重大なネタバレを含みます)

その理由は「生まれ変わり」というテーマの扱い方にあるだろう。

この物語の核心として【正木瑠璃が”果たされなかった願い”を叶えるため、”瑠璃”として何度も生まれ変わる】という展開がある。

この展開をどの立場から受け取るかによって、感想が大きく変わってくるのではないだろうか。

まず、瑠璃や三角に感情移入をしながら観ていた場合を考えてみよう。この場合、瑠璃の生まれ変わりは、互いを思う二人の強い気持ちが起こした”奇跡”だと言える。数々の困難に阻まれて、映画のラストでようやく再会することができた時の感動はひとしおだろう。

次に、小山内夫妻、特に堅の立場から物語を観ていた場合はどうだろうか。「自分の愛していた娘の中身が、自分の知らない誰かだった」といきなり突きつけられても、そう簡単に受け入れる方が難しい。まさしくホラーだと感じる人もいるのではないか。
また、その展開に驚きを感じつつも「小山内瑠璃として、両親に愛され過ごした時間も本物である」ことを感じ「瑠璃が家族を愛し、また愛されたことが、正木瑠璃としても、小山内瑠璃としても幸せだったのだろう」と親のような目線で感動を覚える人もいるかもしれない。

では、特定の登場人物の立場というわけではなく、少し引いた立場から客観的に物語を観ていた場合はどうか。
例えば、次々と意図した通りの親元へ「生まれ変わり」ができることに疑問を感じる人もいるだろう。「亡くなった人が何度も転生して現れる」という現象そのものをホラーと感じることもあるかもしれない。
若しくは、生まれ変わりというファンタジー要素より、正木竜之介の狂気や執念から生きている人間への恐怖をより強く感じた人もいるだろう。

こうして比較してみると、どの立場から物語を観るかによって、その展開が大きく違うものとして見えることがわかる。また、観る人がそれまで生きてきた人生によっても違いがあるのではないか。例えば、家族がどのような存在であるかーー今の両親のもとに生まれてきて良かったと思っているかどうかーー、大切な人を亡くした経験があるかどうか、霊的な存在を信じるかどうか……。

しかし、どのような立場から、どのような人生を経てこの映画を観ても、共通して読み取れる点がある。

それは、この物語の根底に、人間の強い”思い”があるということだ。


それは時に恋心で、時に愛情で、時に独占欲で、時に嫉妬でもあるだろう。それが「生まれ変わり」という奇跡を起こすこともあれば「事故」という悲劇を招くこともある。その奇跡も悲劇も、否応なしに周りの人たちを巻き込んでいく。そうして新たな”思い”が生まれる。

これを、あなたは感動の【奇跡】と捉えるだろうか。それとも、他の何より恐ろしい【ホラー】と感じるだろうか。その感じ方は人それぞれであり、他人によって否定できるものではないだろう。

人が生きるということは、それだけの時間や記憶を積み重ねていくということだ。そこには、人の思いも蓄積されていく。
人の思いはまるで月が満ちていくように募っていき、また月が欠けていくように形を変えていくだろう。

果たして、あなたの人生で積み重ねてきた”思い”は、どんな奇跡やホラーを引き起こすだろうか。
今宵の月を眺めながら、ふと思いを馳せてみるのもいいかもしれない。<了>

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