「優しいあなたに恋してた」第2話

昼の12時。僕は池袋駅にいた。

東口は日曜にふさわしく混雑していた。

あのメッセージがなつみちゃんから来たあと

僕は速攻で遊びに誘った。

ちょうど今「仮面ライダー展」が

池袋のサンシャインシティで開催しているのだ。

ライダー生誕50周年を記念して生まれた展示会で、

初代仮面ライダー1号から、最新の仮面ライダーリバイスまで

全てのライダーがディスプレイされている。

撮影当時の設定資料から、

美術や原寸大のバイクまであって、

まさにライダーファンなら一度は行きたい場所だ。

開催自体は3週間ほど前からしていたが、僕は行かなかった。

ギリギリまでなつみちゃんと行く可能性を残しておきたかったのだ。

そして、その判断は吉と出た。今僕はなつみちゃんと仮面ライダー展を巡っている。

平日にもかかわらず人は結構いた。みんな大人だった。

「仮面ライダーってホントに昔からあるんだね」

「ね、すごいよね。50年前からあるもんね」

「牧野くんはどれから見てたの?」

「あー記憶に残ってる1番古いのは、龍騎?とかかなあ」

「私は、バイオリンの?ライダーから、なんだっけ」

「あーキバか」

「すごいね...…すぐ出てくる」

「いや、バイオリンといえばキバだから全然よ」

最新のライダーのところまで来た。

このライダーは家族全員が仮面ライダーになるという今までにないファミリーを押し出した作風が特徴だ。

「ついに先週くらいにお父さんもライダーになったよね」

「ふふふ、お父さんも?すごいね」

「あれ?もしかしてまだ見てなかった?ごめんネタバレしちゃった」

「ううん?全然全然、リバイス最近、見てないから!」

基本なつみちゃんはこんなふうに相手を気遣ってくれる。物凄く優しい人なのだ。

最新の仮面ライダーのコーナーが終わり、外に出てきた。

外は物販コーナーでここでしか買えない限定のグッズを買っている人が沢山いた。

“ここ“である。

僕は頭の中で何度もシミュレーションをしたあることを正確に、スマートに行おうと動き出していた。

なつみちゃんはポスターやシャツなどを見ている。

その後ろ姿を見ていると、なんだか声をかけるのが申し訳なくなってきて、なかなか声をかけられない。

でも時間が経てば経つほど、あれ?牧野くんは今何してるんだろう?となってしまい、

どんどんスマートじゃなくなっていく。

言うんだ。

サラッと言って、ダメならダメで

ここを出てご飯に行けばいいだけの話だ。

否定されることを考えるな。

言ってしまえ!

「あ、なつみちゃん」

あ、とか言うな。

それきっかけでしか話せないのかお前は!

「なに?」

「せっかくだからさ、あそこの写真撮らない?記念的な!」

あーダメだ、結局めっちゃ一緒に写真を撮りたい気持ちそのままでお届けしちゃったよ。

『!』つけちゃったよ。どこがクールだよ、

あーサイテーだーなんもシミュレーション通り……

「いいね。撮りたい!」

やっぱり彼女は最高だ。

カッコよく決められない自分も受け入れてくれる。

僕らはプリクラみたいな機械の中に入って、写真を撮った。

写真自体はもはやどうでも良かった。彼女が僕の提案を受け入れてくれたことが、この上なく嬉しかった。

彼女と遊ぶのは大抵昼過ぎからだった。

だから終わった頃にはお腹が空いてしまい、

いつも夜ご飯を一緒に食べるのが定番になっていた。

初回、僕は「モテる男とは何か」みたいな記事をネットで読みまくり、

先に予約を済ませておいてスムーズにお店に入ろうとしていたが、結局ファミレスになった。

むしろファミレスの方が良いと彼女が言ってくれたからだ。

だからここ最近はもっぱらチェーン店に行くようになっていた。

ただ今日は事情が違う。

5ヶ月ぶりの再会なのだ。

ただのチェーン店でご飯を食べてしまったらこれまでと何も変わらない。

それではダメだ。

自分はなんとかして一回一回なつみちゃんと遊ぶ毎に、

彼女との関係を少なからず前進させていきたいと考えていた。

それが向こうに対しての誠意だとも思っていた。

僕はハワイ料理が美味しいところがあると言って、

『アロハアミーゴ』というハワイアン料理のところに向かった。

チキンや、シュリンプなどハワイを感じる料理とカクテルを飲んで楽しんだ。

話が弾み出した。もっぱら話題は同じ会社の愚痴である。

「富井さんっていう激ヤバな人とこの前の案件やっててさ……めっちゃ怖かったんだよ。

ホウレンソウができてないって怒られて、

そのあと確認してたら、いちいち確認しないとそんなこともわかんないの?って怒られるし」

「うわーキツイねー……」

「そう。もうどうすれば良いかわかんなくなっちゃって、凄いここ最近キツかった。なつみちゃんは?」

「うーんそうだねぇ、実は私休職してて、今月から復職したんだよね」

「えっ」

えっ

「ごめんねびっくりさせちゃったよね」

「いや……全然びっくりは……してるけど」

「あはは。そうだよね、ごめんごめん」

違う。ショックを受けているのだ。

自分がいかに相手のことを考えていなかったか。

思ってるだけじゃダメだ。かぎかっこをつけろ。

話せ。

「違くて……ごめん。俺なつみちゃんのこと全然考えてなかったから……」

「え?」

「いや、なんかこの前バタバタしてるって言ってたじゃん……」

「うん……」

「でもそれ最近もなのか、本当なのかわかんなくて……ホント人のこと考えてないなって思った……ごめん」

「いやいや、牧野くんは優しいよ。そんなこと思わないもん普通。こっちこそごめんね」

ああ、呪いたくなる。自分を。

さっきまでなつみちゃんとの関係を少しでも進めたいと思っていた自分を呪いたくなる。

完全に自分のエゴでしかないのに。

なつみちゃんにとっての誠意だって大義名分を与えていた。

本当に鉤括弧に出して言わなくて良かった。

この文字だけで、自分の頭の中だけで完結してくれていたことがせめてもの救いだった。

その日僕は次いつ遊ぼうかと具体的な日程を決めずに別れた。

また遊ぼうねとは言ったけど、いつまた会える?と聞くのはエゴでしか無かったから聞かなかった。

なつみちゃんのバタバタはもう終わったのかもしれない。

今月から復職してはいる。

でも結局は他人だ。

人の心はわからない。

そもそも復職したこととバタバタの終わりを結びつけるのも傲慢な気がする。

だから本当のところはなつみちゃんにしかわからない。

僕はどうすれば良いのだろうか。

とりあえずネットなどにある情報は全てこの場合

意味をなさない。

なぜなら彼女とそういう関係になりたいと思った時点で、なんというか、もう失格だからだ。

彼女にはふさわしくないエゴまみれの男が誕生してしまうからだ。僕は途方に暮れながら電車に揺られていた。




「ユズ見てーハワイみたい〜」

ハンモックに揺られるユウくんはやっぱり

小学生みたいにはしゃいでいた。

一方の私はアロマオイルをサウナに入れるタイミングを伺っていた。

あまり入れすぎるとサウナが壊れてしまう。

それでもテント内に充満しているアロマの香りはとてもリラックスできるのでなるべく多く入れたい。

その境界を探しているなかユウくんは相変わらず楽しそうにハンモックでブラブラしてる。

ちょっと羨ましくなった。

「私もやらせて」

「ごめんごめん、ほらどうぞ」

ユウくんが私にハンモックの場所を空けてくれた。

そういうことじゃないんだけどな。

急に誰もいなくなったハンモックに魅力を感じなくなった私はユウくんの隣に座った。

「あれ?いいの?」

「んー」

首をユウくんの肩に乗せながらぼーっとする。

少しテントの中に水蒸気が溜まりすぎている気がした。

ユウくんの大きな手が私の長い髪を撫でてくれている。

まるで私は猫のようだ。

「暑いね。もう出よっか」

「んー」

撫でてくれちゃってるからなー

それをなんでもっと早くやってくれないかなー

「ユズ?」

「んー」

まあ伝わんないか。んーしか言ってないし。

私たちはスパジアムジャポンに来ていた。

ここは岩盤浴、サウナ、温泉、フードコートなどがあって一日中楽しく過ごせる、若者に人気のデートスポットだ。

期間限定のいちごパフェを食べながら、ふとユウくんを見ると、

またスマホで画角を探りながら難しい顔をしていた。

「ユウくん、冷めちゃうよ」

「え、これは元々冷たいじゃん」

「違うって、おいしさが冷めちゃうってこと。

ぬるくなったり、クリームが溶けたりしちゃうよってこと」

「あ、そういうことか!」

そういうとあっさりスマホをしまい、手を合わせていただきますをするユウくん。

うまいと声に出すユウくんを見ながら私は今朝から気になっていることを尋ねた。

「ユウくん今朝車で言ってたのって?」

「ん?」

「ほら、相談したいことがあるって」

「あぁ、そうだったそうだった」

先ほどしまったケータイを片手で器用に出して、とあるメールのやり取りを見せてくれた。

どうやらユウくんを撮影部としてショートドラマの案件に招きたいと言うオファーのメールだった。

「すごくない?」

「うん。ユウくんこんなにちゃんとメールできるんだ」

「そこじゃないよ。オファーが来たこと」

「うん、そっちも凄い」

「でもね。これ聞くと結構大変らしくて、4日間の撮影なんだけど、多分調布での撮影だから泊まり込みになる気がするのね?」

なるほど。わかってきた。

「ちょっと会えなくなるってこと?」

「そう。悲しいけど俺撮影部だから、撮影部は動き出すと基本一日中朝から夜遅くまで動くような部署だからさ……」

「そっか、そうだよね。わかってはいたけど、ただ家で編集だけするような人じゃないんだもんね、ユウくんは」

「ユズ……」

「ユウくんはもっとたくさんの人と色んなものを撮りたいっていつも言ってたもんね」

「うん。言ってる……」

「じゃあじゃんじゃんやっちゃおうよ!」

「ユズ……」

「私、応援する。むしろ他の誰かが反対しても

私だけは100%応援するから。ユウくんの1番そばで」

「……!ありがとう!ホントにユズ大好き!これ、一個いる?俺のいちごあげる!」

「いやいらないよ」

自分の好きなものをあげるって

本当に発想がピュアすぎる。

ユウくんは今まで私がいない時間誰に支えられて生きてきてたんだろう。

たまにそんなことを考えたりするけれど、

目の前の苺を渡そうと必死なユウくんを見てると

どうでもいっかと思えてくる。

ユウくん。私も好きだよ。

「ユズ、着いたよ」

目を開けるとレンタカー店に着いていた。

ユウくんが小さな音量でかけてくれていた

きのこ帝国の音楽が心地いいなと思って目をつぶっていたらいつのまにか寝ちゃっていたらしい。

2人で手を繋いで駅まで歩く。

「うわー月綺麗だね」

「それ告白だと思われちゃうよ」

「え?ユズならいいじゃん」

「いや今はいいけど、それ他の人の前で思わず言っちゃわない?」

「んーじゃあ月が綺麗なことを言いたい時はどうすればいいの?」

「えー、それはー……」

「ムーンがワンダフルだねとか?」

「なにそれ絶対伝わんないって」

思わず彼のトンチンカンな回答に笑ってしまった。

「あ、そうだ。もう一個大事なこと忘れてた」

彼は左手で肩にかかっているポーチを開けようとしていた。右手は私と手を繋いでいるから使えないのだ。

「私開けるよ」

「あぁごめんお願い」

私の右手で彼のポーチを開けた。

「そういえばユウくんこれ開けてるとこあった?一回も使ってなくなかった?」

「うん。基本はリュックだったからね。だから忘れるとこだったよ。」

右手の中に箱のような感触があった。

取り出してみるとリボンで包装されたチョコだった。

「バレンタインのお返し」

「えっまだ3月入ったばっかだけど」

「さっきのさ、大変な案件、

撮影がちょうど3月11日から15日なんだ。」

「それで……」

「うん。きっとその時はバタバタしちゃうから、今渡しときたくて。チョコのお返し。ちょっと早いけど」

「ありがとう……」

「ユズピールが入ってるらしくて爽やかで人気がありますよって、店員さん言ってた。一個貰ったんだけど凄い美味しかったよ」

ユウくんはサラッと当たり前のように言うけれど、

自分ではない誰かのためにここまで行動する人がどれだけいるだろうか。私はますます次は自分の番だと思った。私が全力でユウくんを支えるんだ。

この頃はまだそう思えていた。

続く

マモル

マモルです。作品を見ること、作ることが大好きです。ちょっと気を抜くとすぐに、折り畳み傘に髪の毛がひっこ抜かれてしまいます。気を引き締めて毎日生きてます。生き急ぎ過ぎないように。

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ライター:マモル
私の人生は終わったのかもしれない。
今私はユウくんの家にいる。
ごま油のいい匂いがする。
我ながら上手くできたと思う。
野菜たっぷり、豚肉多めの肉野菜炒め。

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