見えなくなるまで
数日前、私は今までの人生で一番真剣に「展望デッキ」を探していた。
実は付き合っている人が遠くに移住することになったので
その見送りで羽田空港まで来ていたのだが、
チケットをかざすゲート越しに見送るだけでは
どうにも相手が「旅立った」という事実を遠く感じてしまう。
そこで離陸の瞬間をしっかりと見届けることで、
物理的な実感が湧いてくるのではないかと思ったのだ。
「急げ急げ、あと30分で離陸だ」
しかし羽田空港、あまりにも広すぎる。
なんとかフロアマップを見つけて、
平静を装いながらも足早に5Fまでのエスカレーターを登った。
登り切った瞬間に顔を上げると、ふわっと視界が開ける。
青っぽく陰った大きな窓が視野に広がり、その奥にいくつもの翼が覗いていた。
水族館の名物水槽でマグロの群れを見たときの感じに似ている。
外に出られる自動ドアを見つけ、陰りを抜けてついにテラスへ出た。
「暑い!!!!!!!!!!!」
……思わず1人で取り乱してしまった。
鉄板の上に取り残されてポップコーンになり損ねたモロコシの気持ちだ。
広い空を楽しんでねと言わんばかりに設置されているパラソルの下のテーブルにも、当然誰一人腰掛けていない。
日光に目をシパシパさせつつなんとか目当ての機体を見つけ、
ふと周りを見渡すと、私以外にも何人か食い入るように
飛行場を見ている人々がいることに気付いた。
老若男女、それぞれ1人か2人で互いに距離を取りながら、
うっかりすれば黒焦げになりそうなこの場所から離れない。
それをしばらく見ていてやっと、
そこにいるのが恐らく ”さっき誰かの背中を見送った人” ばかりなのだということに気付いた。
日傘の下で真一文字に口を結んで佇む人、
走り始めた機体を追いかけて走る男の子、
そして目がシパシパの私。
空港の中を1人で歩いている時は
これから旅立つ人たちの中で自分だけがスーツケースも持たずにぽつんと浮いているような気がしていたけれど、
この酷暑のふるいにかけられて、予期せず同志を見つけた気がした。
その後、雲の中に翼が消えていくのを見つめながらも静かな安心感を感じることができたのは、あのとき居合わせた人たちのおかげだと思う。
ただでさえ誰かとの物理的な別れを経験しているのに、
知らない奴から勝手に織姫と彦星に例えられたら
たまったもんじゃないと思うのでそこまでは言わないけれど、
七夕の物語には1年後の再会に向けて
天の川の橋のたもとで相手の背中を見送るシーンがないことに、ふと思いを馳せた時間だった。