『晴れない日』
「とにかく寝ることだよ」
彼は私の顔を見るなりそう言った。どうやら彼はお見通しらしい。
「とにかく寝ることだ。寝て起きたら、いつの間にか過ぎ去っているものさ」
たぶん彼の言う通りなのだろう。寝れば過ぎ去る。いつの間にか消え去っている。それでも私は寝たくなかった。寝るような気分じゃなかった。無理にでも寝っ転がって目を閉じ、その空白にじっと耐えていれば、五分も経たない内に眠りに落ちることは分かっている。けれども、とにかく眠りたくはなかったのだ。
「そんなものは気の迷いだよ。無理をするのは最初だけ。すぐに慣れる」
こう強く言われると、自分の意地が小っぽけなもののように思えてくる。しかしそれでも、私はこの「気の迷い」とやらを曲げるつもりはなかった。無理をしてたまるものか。慣れてたまるものか。
「今回のは中々に厄介だな」
彼が微かに顔をしかめたように見えた。ああ私、また迷惑をかけている。なぜいつも私はこうなのだろうか。彼を困らせたい訳ではない、ましてや傷つけたい訳がない。それなのに一度こうなると、もう自分では上手くコントロールできないのだ。
「……まあ、どうしても寝たくないって言うんだったら。まあ、そのまま耐えることだな」
私は判決を言い渡されたのだろう。無期懲役。いや、今はそう感じるだけ。過ぎ去ってみればきっと一瞬。
彼と目が合い、私は渋々頷く。言葉には、声にはしたくなかった。それが私にできる精一杯の抵抗だ。彼はひと段落ついたというような顔で遠ざかっていく。
「行かないで」
とは、言えなかった。そう言いたかったのかも分からない。ではなぜ私の喉は震えているのか。他に何を言いたかったというのか。
私には一生言葉にできない気がした。
視線が天井を捉える。耳触りの良いノイズが飛び込んでくる。外は土砂降りらしい。
kikusuku編集長のひなたです。演劇とテレビドラマと甘いものと寝ることが好き。立教大学大学院 現代心理学研究科・映像身体学専攻・博士前期課程修了。
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