【#いまコロナ禍の大学生は語る コラボ企画 vol.3】座談会 前編

大学生活のどこかでコロナ禍を経験した人たちがこれまでを振り返り、noteを投稿する外部プロジェクト「#いまコロナ禍の大学生は語る」とのコラボ企画第3弾!

【#いまコロナ禍の大学生は語る コラボ企画 vol.2】今思う「これから」のこと

「#いまコロナ禍の大学生は語る」とのコラボ第2弾!出身校や学年を超え、多数の投稿が寄せられる大プロジェクトとなった企画がひと段落した今、運営のお2人は何を思うので…

コロナ禍で大学を卒業した私たちkikusukuメンバーと、逆に入学を経験したお2人。
それぞれの大学生活で感じた影響もあれば、確かな違和感もあって......?

《#いまコロナ禍の大学生は語る》

青木門斗
(もんど)

哲学や教育の観点から『居場所』などのテーマを探究する大学4年生。「#いまコロナ禍の大学生は語る」プロジェクトの発起人。

羽賀尚生
(はくちゃん)

主に歴史学を専攻している大学3年生。もんどからの声掛けで同プロジェクトの運営に参画。

《kikusuku》

ひなた

映像身体学科からそのまま大学院へ進学し、修士2年生。kikusuku編集長。
プロジェクトに寄せたnote:「モラトリアム in コロナ禍」

桜田実和(ミワ)

役者・演出助手などの活動を続けながら他分野の顔も持つ社会人2年目。kikusukuライター。
プロジェクトに寄せたnote:一度立ち止まって

捺稀

4人の中で一番ストレートに新卒会社員として就職し、2年目を迎えた社会人。kikusukuライター。
プロジェクトに寄せたnote:「私にとってのCOVID-19」「ヤングケアラーにとってのコロナ禍①

鹿の子

今年から転職&フリーランスになった社会人2年目。kikusukuライター。もんどとは大学時代、NPOのインターンで一緒に活動していた。
プロジェクトに寄せたnote:「2020年のよろこびと、それを見ようとしない私」

<目次>

・「あの頃」が私たちに残したもの?
・ある違和感について
・当時の日記を読み返してみると......
コロナ禍の学生は「可哀想」なのか

「あの頃」が私たちに残したもの?

鹿の子:みんなは2020年当時から変わったところや、逆にその頃から地続きで今も続いているものって何かありますか?

はくちゃん:ポジティブなことで言えば、それこそぼくはオンラインでの活動がなかったらもんどさんと出会うことはなかった。
ぼくはあるNPOでオンラインイベントを担当していたので、その繋がりで間違いなく人間関係が広がったっていうところはあるなと思います。

もんど:オンラインだから出会える人の幅が増える、みたいな所はありますよね。
実はコロナ禍がなかったら、僕と鹿の子さんも多分インターン先の施設で出会っていなくて。当時「対面での活動を何かしらしたい」と思ったことが施設に関わり始めた1つのきっかけだったので、もしコロナ禍がなければkikusukuとも恐らく出会わなかっただろうなと......

鹿の子:確かに、私がインターンをしていた所にもんどが入ってきた頃は、割と対面での活動が一時的に再開してた時期だったかも。

ある違和感について

はくちゃん:なんだか、今さっき喋りながら結構違和感を持っていて......というのは「歴史にifはない」じゃないですけど「これがなかったらこうなってたかもしれない」「2020年当時と今の感覚の違い」みたいな考え方をぼくはあんまりしていなくて。

noteにも似たようなことを書いたんですけど、大きい歴史の流れの中でその1人1人である私たちはどれほどその流れに自覚的であるのかというか。

一生懸命生きるんだけど、一生懸命生きていようがいまいが変えられない流れっていうのはあるし。

ひなた:それで言うと、私も「モラトリアムとコロナ禍」みたいなテーマで書いたけど「大学3,4年の時にコロナだったからこうなった」っていう風にはしたくないなと思いながらnoteを書いてて。

あの時期がコロナと一緒にあったっていうのは確かだし、コロナじゃなかったら全然違う2年間になっただろうなっていうことはすごく思うけど、でもコロナじゃなくても間違いなく「将来どうしよう」だとか「演劇のこの作品どうしよう」っていうことを考えたり悩んだりって絶対してたし。

その一方で、コロナで人となかなか会えないとか、いろんな当たり前が変わったっていうことに絶対影響を受けていた自分はいたし。

でもやっぱりそれが私の今のすべてを形作っている訳でもないし......っていう感覚なんだけど、伝わる?

捺稀:私も正直「コロナだったから / コロナじゃないからどうだったか」というより「起こったからにはなるようにしかならねえよな」って生き方をしてるタイプで。

2本目に書いたヤングケアラーの話にも関わってくるんですけど、正直自分がそれなりに苦労して生きてんじゃねって思う時はちょくちょくあっても「じゃあもしその苦労が全部なかったらあなたはそれで良かったんですか」って言ったらそれも違うし。

でも逆に「苦労したかったんですか」って言ってもいやそれも違うし。それなら起きちゃったことはあるがままに受け入れて、嫌なことは嫌って言いつつ「じゃあ自分はどう生きていったらいいかな」っていう風に生きていくしかないのかなって思ってるんです。

たまたま生きてた時代がコロナ禍であってでも「その中でどう私らしくあろうかな」ってした結果「こうなりました」っていう姿が一種の正解みたいな風にも言えるんじゃないかなって。

鹿の子:なんかやっぱりこのコロナの経験ってよく災害に似てるとか、何だったら戦争に似ているとかって言われたりするけど、個人的にはそんな簡単には例えられなくて当然というか、むしろ時間が経つほど「あれは何だったんだ」ってなってくるものですらあるんじゃないかなって今ちょっと聞いてて思ったりしました。

当時の日記を読み返してみると......

ミワ:あの私はとても仲良しがいっぱいいるんですけど……

一同 : (笑)

ミワ:その中でもkikusukuライターでもあるポンって子がいるんですね。

そのポンとnoteで交換日記をするっていうのをコロナ禍に2人で始めて、合計150回とかまでいったの。

それをね、もう今はほとんど公開しないでいるんだけど、なんで公開しないでいるかって言ったら、久しぶりに見返したらなんかとんでもなく恥ずかしくて(笑) 何を考えていたんだろうって。

まだ20歳そこそこの私たちは考えがそんなにまとまってなくて、でもなんかこう、ちょっと哲学対話みたいなことをしたくて。

時間ができたから2人とも本をいっぱい読んだりとか映画を見たりとかして「今日見た何々のこれが良くて……」みたいなことを一生懸命語ろうとしてるんだけど、それがうまく言葉になってなくて。

それはそれで面白いんだけど、当時考えてたことと今のそれとは全然違うなっていうの思った。コロナがあってもなくても時間が経てば変わっていくんだろうけど。

鹿の子 : それこそ私noteで2020年ぐらいに貯めていた覚え書きを読み返すっていうのをやったんだけど、やっぱり背伸びというか「この状況を乗りこなしてやろう」という20歳過ぎの、ちょっと思春期に戻ってるみたいな自意識が所々出ていて、noteに載せずにこっそり畳んで戻したやつとか いっぱいあったんですけど……(笑)

あの時は「コロナ禍なんて知らんし、私たちは強く生きていきますよ」みたいなスタンスだったんだけど、もう今読むと「いやいやお前あと3年続くんやから無理すんな、あとclubhouseとかもみんな全然聞かなくなるよ〜!」って言いたくなる。

はくちゃん:(日記を手にして)ぼくは日記を2020年の1月からつけ始めていて、これを期に振り返ってたんですけど、なんかまあすっごい全然普通のことばっかり言ってますね......なんだか基本的に人生楽しそうでコロナ禍の話はあんまり出てこないんですよね。

捺稀:今の話聞きながら、そういえば私noteに何書いたか全く覚えてないなと思って。今ちょっとざっと見返してたんですよ。そしたらやっぱり、こういう不満もあったしああいう不満もあったけど、なんか楽しんでるぞみたいな感じだったな。

なんかあれかもね、年上の人から「(学生なのにコロナ禍で) 可哀想」っていう目を向けられることに疲れちゃった部分もあるし、逆にそこで苦労した経験を就活のネタにして「可哀想」を利用してた自分もいたなって。

コロナ禍の学生は「可哀想」なのか

はくちゃん:「可哀想」ってよく言われます。
でも実際、コロナ禍の最初の方は受験期だったので、全然可哀想って言われてもしっくりこなくて。むしろ集中して勉強できたんでありがとうございますって感じで。

1個下の学年は修学旅行が潰れちゃったりとか、中学生はクラスで一緒に給食を食べられなかったりとか、それこそもんどさんみたいなぼくの1個上の代は、大学1年生で入る時に完全にオンラインで、何も繋がりがなくてみたいな。
ちょっと上からなんですけど、ぼくからしたら1個上とかの方が可哀想かなっていう感じがする。

もんど:それはわかる。僕、自分のことを可哀想とはほとんど思っていなかった。

高校時代に入っていた競技かるた部の後輩たちが、部活の最後の全国大会が中止になったって聞いた時は「怖い」と思った。僕は高校時代の全てを部活に注いでいたので、なくなることを考えられなかったんですよね。
でも、コロナでは絶対にやれない競技だったからどうしても代替はできなくて。一時期オンラインのアプリで代替するみたいな案が出たらしいですけど、そんな簡単にできるわけがなくて、後輩たちを可哀想だなと思ったし、自分もそれがきっかけで、かるたから離れていってしまった。

鹿の子:そんなことがあったのか......。

もんど:でも一旦それは置いといて、自分を可哀想だと思っていないし、かつやっぱり「コロナ禍がなければ」という発想を多分僕もしていないんです。

「コロナ禍がなければ (Not if)」じゃなくて、僕はずっと「コロナ禍なしには語れない (Not without)」っていう感覚。

まさにコロナ禍の大学1、2年の時、自分の所属していた団体が崩壊してしまったことがあったんですけど、僕はそれをコミュニティの問題・みんなのそれぞれの気遣いの問題と思っていて。でも全てはコロナ禍の問題になったんですよ。「コロナがなければどうにかなっていた」って。
そうなのかもしれないんだけど「コロナ禍でもやりようがあるし、やれることがある」って僕はずっと唱えていた。

当時イベントは全部オンラインになっていて「対面がいい、オンラインは対面の代替」って言われていたのに対して、「オンラインだからできることを探さないといけない」ってずっと主張していたのが僕だったんですよ。
しかも、僕はそれを多分あんまり「恥ずかしい」と思ってなくて、多分。今でも僕はそれを言いたいと思っているから、大学4年生になってこんな企画を立ち上げたんですよね。

コロナ禍がなくなったから「やった〜!」ってならない。「なんてまずいことだ…」って僕はどっか思っていて。
5月に「やった!五類になるからマスク外して遊ぼうぜ!」っていうのに対して「5類になったからマスクを外さず部屋の中にこもってコロナ禍の話をしよう」って向かっている。

永遠に僕は周りの大学同期に逆張りをしていて。「ちゃんと向き合おうよ」って言い続けてるんですよ。
感じていることは変わっているんですけど「自分の生活をコロナ禍なしには語れないだろう」って思ってるのがずっと変わっていない。

そこの気持ちが変わらないから、僕はあんまり昔の自分の語ってることを今聞いても、なんか恥ずかしくならない。今も似たこと考えそうだなって思ってしまうんですよね。

次回:コラボ最終回!コロナ禍の学生生活で意外と大変だったこととは......?


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