「優しいあなたに恋してた」第6話

前回までのあらすじ

「都合のいい遊び相手」

細井さんから刺すように投げかけられた言葉が

モヤモヤと宙を漂う中

僕は遂に行動を起こした。

彼女をおよそ2ヶ月ぶりに遊びに誘い、

オッケーをもらったのだ。

これによって彼女が僕を利用してるという幻想は消え去ったし、

むしろ僕と遊ぶということを2つ返事で受けてくれたことから、僕と遊ぶことに抵抗はないということが判明した。

そしてそういう彼女の抵抗のなさは僕が彼女に告白した事実を

もう気にしていないよということの現れでもあったけど、

逆に気にしてもない、つまりプラスではないけどマイナスでもないよということを示してるように見えた。

「つまりここから僕がなつみちゃんと付き合うための道は再スタートを切ったってことだ!希望がある!」

「気持ちわりーーー!」

古村とユッキーからユニゾンで罵倒された。

「何がだよ!」

「お前絶対それなつみちゃんの前でぐちぐち言わない方がいいぞ?印象最悪だから」

「しっかり考えてるってことよ?真剣なのよ!」

「いや、そんな一つ一つの行動を紐解いて解釈すんのキモいって……」

「だよな?そういうじゃないじゃん。恋愛って。

いかに理屈じゃなくその2人が一緒にいたいと思うかだから。もう理屈を考えてる時点でダメよな?なぁ?」

ユッキーが同意を求めるように古村にジョッキを見せる。

「いや……てか気まずいんだけど……俺さ……」

「え?嘘?嘘嘘嘘……」

「マイと別れてさ……」

「マジで?またかよ!」

「なんか……違ったわ」

「何がだよ!何が違ったの?」

「いやわかんない……」

「わかんないってなんで?え!マイさんは……話し合わないの?」

「いや、向こうも別れたかったって」

「おかしいだろそれ!!」

「でもある意味そうなんだなって思ったのよ俺」

「なにが?」

そう聞くと古村はめんどくさくないポテトサラダを作りながら話し始めた。

「いや、さっきユッキーが言ってくれたじゃん、どれだけ理屈じゃなくお互いが一緒にいたいと思えるか。

それが愛だって。でもそれって裏返せばさ、一緒にいたいと思えなくなることにも、理屈なんかないんだよなって」

「んーーー……まぁそうだけど……」

「実際向こうもちょうどそう思ってたらしくて、最後まで気持ちのズレはなかったのよ。むしろ俺はね?

変に自分の気持ちを言い出せなくて、お互いにズレがある状態でずっといる方が、おかしい気がする」

「んーお前が見た目で決めるとか言うやつじゃなければな〜それこそ牧野とかがそれ言えば響くけどさぁ……」

「まあ確かに、俺は全然真剣じゃなかったのかもしれないな、ほい」

皿に綺麗に等分されるポテトサラダを見て、

こいつはこういう何気ない所が

モテるんだろうなと思った。

あポテサラうま。

明日から撮影だ。



牧野の会社はきっと明日の撮影準備でてんてこ舞いだろう。しかし、こちら側は案外そうでもない。

むしろ次のイベントやプロモーションについて企画書をまとめたり、

効果測定の準備をしたり、明日のその先の作業をしていた。

明日も撮影中に1件リモートの会議があり、私はその資料を作成していた。

上司の井上さんに報告した。

井上さんは飲み会が命でそのために生きているというようなタイプの人だった。

私はなるべく井上さんとは距離をとりつつも良好なコミュニケーションを保っていた。

私の報告に

「うん。大丈夫っしょ」

と軽く返す井上さんが心配になり、

今度は私が今日までに先方から返信が来る件について結局進展はなかったのかどうか尋ねると、

井上さんはそもそも確認していなかったようで慌てて電話をかけだした。

どうすることもできず、私はお先に失礼しますと言い、オフィスを後にした。

少し遅くなったが20:00には会社を出ることができた。

ユウくんから8日と16時間ぶりにLINEが来ていた。「ご飯ありがとう。また明日から撮影……岩手の方でロケです。」

私がそれまで送っていた10件のラインは全て無視で

とりあえず今朝の介抱についてのお礼だけが書かれていた。

今更返信するのもという気持ちも分からなくはない。でもどこか今までのユウくんにはないひんやりとした冷たさを感じた。

合鍵を使って入るとユウくんがテレビを見ていた。

テレビの番組を見ているというよりかは

映像が流れてる機械をぼーっと眺めているといったようだった。

「ユウくん久しぶり、元気だった?」

「あ、おかえり」

「うん。こっちこそおかえりユウくんって感じだよ

ご飯は食べた?」

「んー」

どこかぼんやりとした返事しか返ってこない。

もしかしてもう一回寝ててさっき起きたとかかな。

そう思いユウくんが寝ていた布団の方を見ると

ご飯とスープの食器が残っていた。

まぁそりゃそうか。疲れてたんだし洗い物するところまで気が回らないよね。仕方ない仕方ない。

そう思いながらカチカチになってしまった米粒を

お椀からこそげ落とす。

「あれ明日はいるんだっけユウくん」

返事が返ってこない。

水洗いの音がうるさくて聞こえないのかな。

それかテレビの音で聞こえないのか。

ちょっとそろそろまともに会話をしたい。

私は食器を置いて、水を止めた。

そのままゆっくりユウくんの近くまで歩き、

テレビを止めた。

「あ」

消されたテレビをきっかけにユウくんがこっちを見る。

ものすごく顔が疲れている。ヒゲも伸びてしまっていて、爽やかなユウくんというよりは

戦場から帰ってきたユウくんになっている。

「ユウくん明日はいるんだっけ?」

「んーん」

ユウくんはリモコンを見ながらそう返した。

「そっか、LINEにあったね、明日からまたロケだっけ。大丈夫?なんか疲れてたら、無理しなくて休んだ方がいいんじゃない?」

するとユウくんが初めて日本語らしい文章を話した。

「まだ全然ダメだからさ。俺26で結構もう遅いし、取り戻さないとだから、行くかな。うん」

あまり意味をこちらに伝えようとしてる気がしないが

話してくれただけ前進だ。

「そっか、でも無理しないでね。今からご飯作るから、今日はゆっくり休んで。お風呂は沸いてるから」

「……」

ユウくんはさっきからリモコンをずっと見てる。

「ユウくん?どうしたの?」

「なんかこのリモコン……ペトペトする……なんかあった?」

胸をフォークで刺されたような小さな痛み。

それが全身を駆け巡った。

「ううん。あんまり使ってなかったからじゃない?拭いとくね」

そう言ってリモコンを奪い去り

私はキッチンの方へと逃げ帰る。

なんで?よりによってなんで私が少しサボった部分が

ユウくんにバレちゃったんだろ?

ユウくんが帰ってきてくれたのは嬉しかったけど、

なんでよりによって私のちょっと怠惰な所に反応してしまうんだ。

私はユウくんのことを支えるつもりだった。

けど、つい自分勝手な行動に走ってしまって、それが結果的にユウくんを不快にしてしまった。

そんな自分が許せなかったし、そんなところに気づいてしまったユウくんにもちょっと腹が立ってしまった。

今はゆっくりさせるべきなのに

質問を沢山してしまう。

「ユウくん、明日も頑張ってね」

「んー」

「明日はどこで撮影なの?」

「んー」

「また前の人の現場だったりするの?CM?MV?」

「んー」

んーしか言ってないし。

それじゃ伝わんないよ。

それすら「んー」と返されそうなので

私はもう何も言わなかった。

撮影日当日、かなり早くに起きたが、

私が目を覚ました時にはユウくんはすでに

いなくなっていた。本当に部屋から出る能力があるのかすら怪しかったが、ちゃんとそういう所はできるらしい。

その代わり消費電力を抑える部分はとことん抑えているような状態だ。

だから私にも「んー」としか言わないのだ。すごくモヤモヤしながら現場へ向かう。

上司の笹原さんや井上さんなどと一緒に撮影スタジオに行くと、すでにセットが出来上がっており、

プロデューサーの細井さんが指示を出していた。

そしてそのスタジオのセットのテーブルにモイスチャーケア商品が置いてあり、その角度を細かく変えているのが牧野だった。

あんなことがあったのになぜ牧野に再び商品を触らせているのかは疑問だったが、私はとりあえず細井さんの話を聞きながら、

今日の大体の流れを把握していった。

撮影が始まった。

かなりスピーディーに撮影していく。

私は私で別企画の会議用の資料を用意していてそれなりに忙しかった。

しかしここで急に井上さんが過去の効果測定のデータ資料を最後のページに一応載せておいてほしいと言いだした。

私は事前に印刷してきた資料のクリップを全て外し、新しい資料を後ろに挟みこむというタスクが増えてしまった。

上司の過度な心配性に辟易しながらも私はプリンターを探しに行った。

しかし、ちょうどその際牧野が何やらトランシーバーのようなものを持って話しながら、立っているのを発見した。私はちょうどいいところにいたのもあって、資料の出力をお願いしようと牧野のもとに歩いて行った。

「牧野さんすみません」 

「あ、香田さん。すみません、こちらから伺えず」

こちらから伺えず?なんの話だろうか。

「どういうことですか?」

「あ、ディスプレイカット用の商品を持ってきていただけたんじゃないですか?」

今度は包丁で私の身体を貫くような感覚が走った。

そうだった。

忘れていた。

ディスプレイカット用の過去商品……忘れていた。

元々向こうにパッケージを渡していたのは今回撮影する新商品だったが、

ディスプレイカットには従来のラインナップの商品も並べたいということに2日前の会議でなったのだ。

そこでウチが所有する過去商品のサンプルを3個撮影当日に持ってくるという流れになっていた。メールは届いていたし、返信もしていたがなぜか忘れてしまっていた。こんなことは初めてだった。

「どうしよう……」

「大丈夫ですか?」

「後で連絡します」

とりあえずGOタクシーをすぐさまこのスタジオに来るようにする。

私が今から行って何分で戻ってこれるのか……そういう計算をしていると牧野が声をかけてきた。

「すみません、もしかして今本社にあったりします?」

「はい、なので急いで取りに帰ります」

「あー!待って!それはうちの車両部にいかせましょう、ちょっとだけすみません」

そう言うと牧野は電話をかけ、誰かとやりとりをし出した。電話をかけ終わると牧野はこう言った。

「多分2時間で商品はここへ届きます。

部外者でも本社に入れるように同期の方かどなたかに事情を説明して一緒にサンプル商品を取りに行って貰いましょう。どなたか事情を説明できる方はいますか?」

「マキ……マキに連絡できます」

「わかりました。それでお願いします!で、香田さんには……」

「いやでも私が行きますよ!2時間って……予定では15:00からディスプレイカットの撮影ですよね?後3時間あるし、私でも間に合いますよ」

「あ……いや今撮影が巻いてて、多分14:00からになりそうで……それに香田さんはこのことを上に伝えるんです」

「え!?なんでですか?」

「なんで言わないんですか?」

「いやだって……」

それは私がミスしたことを周知させることだから。

「僕だってミスしたらまず対策を考えて、その上で先輩に必ず相談します。そうしないともっと怒られますよ?」

「いや怒られるとかじゃなくて……」

「大丈夫です!経験上すでに手を回して、絶対大丈夫な状況で伝えれば、意外とふうんで済むことがありますから!」

「そんな経験談いらないですから!」

私をアンタとおんなじにするな!

すると牧野の腰についていたシーバーが鳴った。

牧野はシーバーを取り、すみませんすぐ行きますと答えた。

「すみませんもう行かなきゃなんで……ちょっと……好きにしてください!」

そう言うと牧野は走って撮影現場に駆け出して行った。私は出力をお願いしようとしていた資料が入ったUSBを握りしめたまま、

呆然と立ち尽くしていた。

続く。

マモル

マモルです。作品を見ること、作ることが大好きです。ちょっと気を抜くとすぐに、折り畳み傘に髪の毛がひっこ抜かれてしまいます。気を引き締めて毎日生きてます。生き急ぎ過ぎないように。

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