『くしゃみのふつうの大冒険』#19
空っぽの部屋から

オオカミの旦那が物置き部屋をすっかり綺麗にしてくれてから、3ヶ月半が経ちました。
くしゃみは、その期間中、特に部屋を開けることはありませんでした。
もともとまったく開けない部屋は、綺麗になってもまったく開けない部屋なのです。
そんなある日の夜更け、蜘蛛の奥さんが、くしゃみを叩き起こしました。
空っぽなはずの物置き部屋から、時計の鐘の音がするというのです。
くしゃみが蜘蛛の奥さんに連れられて、物置き部屋の前までやってくると、確かに、ドアの向こうからは、聞き覚えのない鐘の音が聞こえてきました。
くしゃみは、ドアノブに手をかけました。
ところが、指に力を入れたその途端、ピタッと鐘の音が止みました。
くしゃみは、そのままドアを開けます。そして、そこにいるだろう誰かに向けて、「こんな時間になに鳴ってるんだぁー!!!!!!」と、怒鳴りました。
なんの反応もありません。
しかし、ドアが開いた瞬間にくしゃみと蜘蛛の奥さんは、ホコリの積もった白い床に浮かぶ四角い枠を見つけました。
それは、階下へ繋がる扉でした。
くしゃみは、物置き部屋にこんな扉があることをはじめて知りました。
時計の鐘の音は、この下から聞こえています。
くしゃみは、扉を開けました。
冷えた空気が解放されて、顔に当たって身震いさせます。
扉の奥は真っ暗闇で、階下へ繋がる細いハシゴは、まるで途中で切れているようです。
泉の水の流れる音が、壁に響いて聞こえてきます。
すっかり目は覚めました。
くしゃみは、夜更けに騒ぐ阿呆ものをぶん殴ってやろうかと、床下へ降りることに決めました。
ランタンをかざして床下を進むと、倒れた機械や散乱したガラスに白く光が当たります。
自分の家の大きさなんて十分わかっているはずなに、知らない場所というだけで、何故だか広く感じます。
足にコツンと瓶が当たり、転がり、壁にぶつかりました。知らない生きものの身体器官が、瓶の中で揺れています。
壁伝いに流れていく光は、隙間から漏れた泉の水です。
暮らしはじめてからもう何年も経ちますが、紛れもない欠陥住宅です。
そんな通路の奥の部屋でくしゃみが発見したものは、2列に並んだボロボロのカプセル型のベッドでした。
しかし、その列の端にあるちいさなカプセル型ベッドは、いまもまだ綺麗なままで、赤い光が点滅していました。
時計の鐘の音は、そこから響いてきています。
くしゃみは、赤い光に近づきました。そして、それを拳で思い切り殴りつけました。
赤い光が、白い光に変わります。
ちいさなカプセル型のベッドの蓋が、音を立てて開きます。
ちいさなあくびが、聞こえます。
ちいさな影が、見えてきます。
ベッドの上で澄ましているのは、ちいさなメスの子猫でした。
くしゃみは、子猫を飼うことに決めました。
名前は、「ちょう」です。
子猫の寝ていたベッドの足元に、「ちょくちょう」と記された彼女の名札が落ちていたので、縮めてそう呼ぶことにしたのです。
ところが、ちょうは、とんでもないワガママ娘でした。
つまり、くしゃみはこの先長い間、ちょうの僕として暮らすことになるのです。
ただ、それよりもっと大変なのは、くしゃみがその喜びを知ってしまったことでしょう。
これに対してハナカマキリのお嬢さんは、出会ったばかりのオスとメスが一緒に暮らすなんて「破廉恥」だと、カマを何度も振り回しました。
きっと、この先少しの間は、口をきいてくれないでしょうね。

作・絵 池田大空