『くしゃみのふつうの大冒険』#14
聞きたい聞こえない声

ある日、くしゃみは、フカチの森を北に抜けた先にある砂漠を散歩していました。
砂漠の向こうには、大きな山が見えています。
しかし、大きく見えるその山は、実はものすごく遠くにあり、そこに辿り着く前にはまず、森をひとつ抜けなくてはいけませんでした。
山の向こうには、くしゃみの故郷がありました。もう何年も何年も帰っていません。
それでもくしゃみは、パパさんとのめんどうな手紙のやりとりもつづいているので、特に両親に会いたいとは思っていませんでした。
やりたいこと、やるべきこと、やらなくてはいけないことがありすぎて、今世だけでは時間が足りないほどなのです。
さて、そんなふうに故郷のことを考えながら散歩をしていると、くしゃみは、赤ん坊の泣いている声を聞きました。
くしゃみが泣き声のする方へ顔を向けると、大きな荷物をいくつも背負った巨大な老カエルがこちらに向かってくるのが見えました。ゆさっゆさっゆさっゆさっと大きな荷物を横に揺らして、ゆっくりとゆっくりと砂の丘を進んできます。
老カエルは、くしゃみの前までやってくると、彼に「こんにちは」とあいさつをしました。なので、くしゃみも「こんにちは」と老カエルにあいさつを返します。
赤ん坊の泣き声は、この老カエルのうしろから聞こえてきます。
遠くからでは気がつきませんでしたが、この近さで耳にするとものすごい声量で、頭の中にワンワンワンワン響いてきます。
くしゃみが眉間にシワを寄せていると老カエルは、ハッと目を見開いて、ボソッとこんなことを尋ねてきました。
「あなたにも、聞こえるんですか…?」
くしゃみは、何を言っているのかがさっぱりわかりませんでした。
しかし、老カエルがつづいて、「私、ずっとずっと聞こえないんです。子どもたちの泣く声が。もう何年も、何十年も、ずっとずっと長い間」と言ったので、どうやらこの泣き声が、この世のものではないことにくしゃみは気づいてしまいました。
老カエルによれば、この赤ん坊の声をいままで耳にした生きものは、もうずいぶんと昔に亡くなったという彼の親友のひつじさんと、いまここにいるくしゃみの2匹だけなのだそうです。
くしゃみは、老カエルの背中の方に回りました。
そこには、荷物と一緒に紐で結び付けられている赤ん坊カエルが3匹いました。
くしゃみが、3匹の赤ん坊のお腹を指先でくすぐると、ケラケラ笑って悶えます。
触れることができるということは、幽霊ではなさそうです。といっても、いままで幽霊に会ったこともないので、幽霊には触れることができるのか否かなんてこと、くしゃみにはわかるはずもありません。
くしゃみが老カエルの前に戻っても、赤ん坊たちは笑っています。きっと自分たちで互いのことをこしょこしょくすぐり合っているのでしょう。
声はやはり大きいですが、あの泣き声に比べれば、いくらかばかり幸せな気持ちになってきます。
老カエルが、言いました。
「私、ずっとずっと聞いてみたいんです。子どもたちの泣き声が。何年も、何十年も、ずっとずっと長い間」
くしゃみは、老カエルに、いま聞こえているのはもう泣き声ではなく、笑い声であることを伝えました。
老カエルは、より一層、赤ん坊の声を聞きたくなってしまいました。しかし、こればかりは仕方がありません。いくら声を聞きたくても、彼には少しも聞こえないのですから。
老カエルは、またゆさっゆさっゆさっゆさっと大きな荷物を横に揺らしながら、ゆっくりとゆっくりと歩き始めました。
老カエルは、世界のどこかにあるはずの「理想郷」を目指して旅をしているのだそうです。彼に言わせてみれば、「何年も、何十年も、ずっとずっと長い間」。
老カエルは、くしゃみにお礼と「さようなら」を言いました。そして、「私、ずっとずっと昔から、あなたに会うといつも気持ちが軽くなるんです。何年も、何十年も、ずっとずっと昔から」とつぶやきました。
くしゃみは、すぐに、老カエルと出会ったのはこれが初めてだということを本人に伝えました。
しかし、彼は首を横に振り、「私、ずっとずっと覚えているんです。あなたのことを」と言って、去っていってしまいました。
「何年も、何十年も、ずっとずっと長い間。何年も、何十年も、ずっとずっと昔から」とつぶやく声が、少しずつ遠のいていきます。
くしゃみは、わけがわかりませんでした。しかし、だからといって、老カエルの行く手を遮り、彼の発言を否定したり、それについての細かな質問をぶつけることはしませんでした。なんとなく、その方が良い気がしたのです。
荷物に結ばれた赤ん坊たちが、くしゃみに向けて手を振ります。なので、くしゃみも赤ん坊たちにちいさく手を振り返しました。
きっと、山椒魚違いでしょう。
山の向こうからやってきたということは、もしかしたら、若い頃のパパさんと勘違いをしていたのかもしれません。そんな物語小説を、くしゃみは、前に図書館で読んだことがあります。
老カエルの歩く速度も、あの「ゆっくりとゆっくりと」した遅さです。くしゃみの故郷からここまでくるのに、数十年かかっていてもおかしくはありません。
それに、あのお節介パパさんのことです。「理想郷」を目指す老カエルと1度出会ったそのあとも、何度も何度も様子を見に、お弁当箱を揺らしながら追いかけていた、なんてこともあり得ます。
くしゃみは、今日のこの出来事について、パパさんと話をしたくなりました。
しかし、だからといって、会いに行こうとは思いません。今日の出来事を伝えるだけなら、いつも通り、手紙に記せば十分です。もしも、何かを知っているのなら、返事にそれを書くでしょう。
それにまだ、老カエルが会った山椒魚が、パパさんだと決まったわけではありません。
自分とは異なる種の生きものの顔が、みんな同じように見えることだってありますし、可能性なんていくらだって考えられます。
ママさんかもしれませんし、親戚かもしれません。
全然知らない誰かかもしれませんし、他の両生類かもしれません。
といっても、老カエルが「会うたびに気持ちが軽くなる」と言っていたことから、彼が会ったという山椒魚を特定するのは、困難極まることでしょう。
だって、「山椒魚」という種の生きものは、どんなに個性が違っていても、みんながみんな同じように、とても良い奴ばかりなんですから。

作・絵 池田大空
『くしゃみのふつうの大冒険』
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