『くしゃみのふつうの大冒険』#10

右の鼻の穴の横のニキビ




くしゃみの右の鼻の穴の横にニキビができました。

とてもとてもデッカいニキビです。

くしゃみは、こんな醜い自分の顔を誰にも見せたくありませんでした。まるで、てんとう虫でも止まっているようです。

こんなに目立った鼻先は、フカチの森の魔女でさえ、治すことはできないでしょう。


くしゃみがニキビに気がついたのは、お昼ごはんを食べる前に洗面所に行ったときでした。

初めの2、3秒は、鏡に汚れでもついているのかと思いました。

しかし、鏡に近づくとその汚れも大きくなり、自分が動くとその汚れもついてくるので、「これはもしや…」とギョッとしました。

朝に歯を磨いたときには、肌はまだツルツルだったのに、この数時間のうちにこんなひどいものができるなんて。

これは、ある種、「生命の神秘」です。

くしゃみは、不思議で仕方がありませんでした。


くしゃみは、ニキビに少し痛みを感じたので、つぶしてしまおうかとも思いましたが、放置することに決めました。

つぶすと跡が残ったり、酷いときには、炎症を起こして一層大きく腫れてしまうことがある、と聞いたことがあったのです。

くしゃみは、ニキビがうずうず気になりましたが、直立不動の姿勢になって、グッと拳を握りながら徹底的に我慢をしました。それも、震えるほどに力みながら、ときには地団駄を踏みながら。

くしゃみは、毛深い動物を羨ましく思いました。

もしも、全身が毛で覆われていたら、肌にできるニキビなんて、誰にも見られなくて済むと思ったのです。

ところが、後日聞いたアライグマくんの話によると、毛深い動物には毛深い動物なりのニキビの悩みがあるそうです。

というのも、体が毛で覆われていると、他の誰かだけでなく、自分自身でも肌が見えなくなってしまうので、何気なく体をポリポリかいたときにニキビを引っかいてしまうことがあるのだそうです。

また、その引っかき傷から血が出てしまうと、毛が邪魔をして上手く拭き取ることができなかったり、そのまま血が毛と一緒になって固まってしまうこともあるそうです。

他にも、上手く軟膏が塗れなかったり、絆創膏が貼れなかったり、と苦労する点を挙げればきりがありません。

こんなアライグマくんの話を聞いてくしゃみは、自分はツルツルで良かったな、と思いました。そして、「アライグマにもニキビってできるんだな」と思いました。

アライグマくんの方はというと、くしゃみのニキビの話を聞いて、自分は毛深くて良かったな、と思いました。そして、「山椒魚にもニキビってできるんだな」と思いました。

つまり、どっちもどっちということですね。


さて、くしゃみの右の鼻の穴の横にできたニキビは、次の日になっても治りませんでした。

そして、次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、まったく治る気配はありません。

くしゃみは、なんだか疲れてしまいました。

初めのうちは、ニキビの目立つ鼻先を見られたくなくて、外に出ることも諦めていましたが、家の中に蜘蛛の奥さんの家族がいることを思い出したら、少し馬鹿らしくなってきました。

といってもやはり、こんなひどい顔は誰にも見られたくありません。

ということで、くしゃみは、自分の左手の人差し指に自分の顔を描きました。そして、蜘蛛の奥さんに手伝ってもらって、いつもしているネクタイのようにちいさなリボンを結んでもらいました。


フカチの森を進むくしゃみは、指のくしゃみを前に出して、自分の顔は下に向けていました。

偶然に知人と出会っても、「こんにちはっ」と声だけ出して、指のくしゃみでお辞儀をします。

出会った知人は、みんな揃って、「またくしゃみが変わった遊びをしているぞ」と面白がってくれました。ハナカマキリのお嬢さんなんて、「くしゃみが自分と同じ大きさになってくれた!!」と大喜びして、ちいさな花冠までつくってくれました。

しかし、そんな中、アライグマくんだけは、「どうしたの?」とくしゃみの顔を覗き込みました。

このあとの2匹の会話の概ねは、みなさんもすでにご存じの通りです。


くしゃみは、アライグマくんと話をして、なんだか気持ちが吹っ切れました。

すると、その日の夕方から、くしゃみの右の鼻の穴の横のニキビは、みるみるうちに小さくなって、次の日の夜にはもうただの赤い点になってしまいました。

体の不調は心の不調で、心の不調は体の不調なのでしょう。

つまり、逆をいえば、体の健康は心の健康で、心の健康は体の健康なのでしょう。

くしゃみは、そのことに気がついて、週に1度、左手の人差し指に自分の顔を描きました。

こいつの顔を目にすると、なんだか笑みがこぼれてきて、すぐに元気になれるのです。

それに、こいつを連れてフカチの森へ散歩に行くと、ハナカマキリのお嬢さんも大喜びしてくれます。

自分にとっても、誰かにとっても、それがあって幸せなのなら、やめる必要なんてありませんよね。

少なくとも、くしゃみは、そう思っています。



作・絵 池田大空



『くしゃみのふつうの大冒険』
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