チャンプル予言記念日

「そのまま生きていると、本当にしんどいなと思う日が必ず来るよ」

お姉さんは沖縄料理屋の橙色の照明に照らされながら、
まっすぐな目で小学生の私に言い聞かせた。


その日開かれた両親の大学時代の集まりとやらは
よく連れていかれるような他の飲み会に違わず
めちゃくちゃつまんなかったのだが、
こういう飲み屋でニコニコ大人しく座っていると
それだけで親やその友達がすごく褒めてくれる。

大変イージーに気分が満たされる上、ご飯もおいしいので
その日も特に反抗もせずそうめんチャンプルの麺の部分ばかりをすすりながら、
「そろそろ帰れるかな~」なんて思っていた。


そんな時、母の先輩というお姉さんが隣に座ってきた。

「大丈夫?楽しめてる?」

小学生が大人の飲み会に正直楽しみも何もないのだけれど、と思いつつ

「大丈夫です!そうめん炒めがおいしいので!」

と言い切ってみせた。
大体こういう返しをすると
「いい子~!」「将来は酒飲みになるね~!」
と喜んでもらえるのだが、その人は少し様子が違った。

「ならいいけど、本当に帰りたかったら言うんだよ。
お父さんとお母さんの代わりに私が家まで送るし......」

なんだこの人、お酒飲んでないのかな?と思ったけれど、
顔を見る限りしっかり飲んでいるようだった。
頬が赤くなっているけれどシャープな茶髪のボブが似合う、都会的な印象の人。

お姉さんは私のことについてあれこれ質問をしてくれた。
好きな音楽や好きな人について、普段こういう場に連れて来られた時どう思うのか、など。

でも建前がある上で、
あえて本音を開示するという選択肢が
まだ身についていない年頃だったので、
何を訊かれても模範解答みたいな答えしか出来ずにいた。
そしてその調子で答えれば答えるほど、
どんどんお姉さんの顔が曇っていく。

「鹿の子ちゃん、別に私は何を言われても鹿の子ちゃんのこと嫌な子だなって思わないよ。」

気が付けば今にも両手で肩を掴んできそうな勢い。
どうすればいいのか分からず周りを見回すけれど、両親は他の人と話しているようだ。

「みんなのために、みんなが喜ぶようにって考えられるのはとても素敵だよ。
でもそのまま生きていると、本当にしんどいなと思う日が必ず来るよ。
別にお父さんやお母さんや他の人に嫌われたっていいの。
どうしようもなくなったら、私の家に遊びにおいで。」

お姉さんの目が赤いことに気付いたが、お酒のせいかもしれない。
でもこの人が、心から大事なことを伝えようとしてくれていることはよく伝わってきた。

なんだか、こういう場で会うには珍しい人だと思った。

両親の名誉のために一応書いておくと、
ふたりは子どもの私をたまに飲み会に連れていくことがあっただけで
人の顔色を読みなさいというようなことを言ってきたことは一度もない。

私がどこまでも97点のつまらない子どもだったのは、
他の誰でもない自分自身がこういう感覚を生まれ持ってきてしまったからとしか言えないと思っている。

それから折に触れてこのお姉さんの予言を思い出してきたけれど
昨年末に人生でほぼ初めての本格的な挫折を経験してから、
何度となくこの夜のことを考えてしまう。


「そのまま生きていると、本当にしんどいなと思う日が必ず来るよ」


来た。というかずっと前から来続けていたのだが、
ようやく立ち向かう術が身に付きかかっているのが、きっと今。

夏が終われば生まれて四半世紀が経つ今年。
仕事を通して価値観が大きく変わってきているのと同時に、
なぜか急に体重が落ちて体型が変わったり、皮膚科の治療が実を結んだりして
セルフイメージが根本から揺らぎ始めている。

こんなに見た目があっさり変わるなら
これが自分だと頑なに思ってきた姿は、
結構思考放棄の果てにあったものじゃなかったのか?

いつでも頼ってと人に言い続けてきたけれど、
そう言うお前はこれまで何度誰かに本気で甘えられたのか?

そんなこんなをぐるぐる考えて
自分が誰なのか誰だったのか、よく分からない時期に突入してみると
正直割と、というか結構息をするのも苦しい。

でもせっかくの機会なので少しずつこれまでの自分を壊して、
その奥にいる自分の本心をちゃんと見つめるきっかけにしたい。

今日もふと10年来続けてきた眼鏡生活に急に疑問を持って、
コンタクトを買いに行こうとするなどしている。

結局あれ以来ほぼ会っていない格好良いお姉さんとの出会いを反芻して、
新しい自分に出会い続けていくような年になりそうです、今年は。


鹿の子

かのこと言います。最近は夢中になって人の写真を撮っています。音楽やチョコミントアイスが好きな人、ぼーっとしてるとなんか考え事をしちゃう人は気が合うかもしれません。そうでない方とも、仲良くなれたらとても嬉しいです。よろしくお願いします。

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