『くしゃみのふつうの大冒険』#15
悪夢を見た

くしゃみは、悪夢を見ました。
そこでは、自分はポスターの中にいて、目の前を通り過ぎる奇妙な生きものたちをただ漠然と見つめていました。
ポスターの貼られたレンガの壁のてっぺんには、たまご坊主が座っています。
といっても、それは生きものではありません。たまご坊主は、監視カメラで、ポスターの中のくしゃみのように、目の前を通り過ぎる奇妙な生きものたちをじっとそこから見つめていました。
このたまご坊主が、壁のてっぺんから落下して、地面でクシャッと割れたとき、それは通りでなにか「異常」が発生したことを意味します。
「異常」の多くは、通りを歩く奇妙な生きものが、真っ直ぐしっかり前を向いて目的地へと進まずに、よそ見をしながら歩くことでした。
目的地から黒目が少しでも逸れるだけで、たまご坊主は落ちてきます。
こうなるとあとが大変です。保安局がやってきて、「異常」を起こした奇妙な生きものを裁判も待たずに終身刑にするのです。
そのため、通りを歩く奇妙な生きものたちは、いつも両目をカッと見開いて、自分の向かう先だけをじっと見つめて歩いていました。
ところで、たまご坊主は、ポスターの絵柄が動くことも「異常」だと思うのでしょうか。
というのも、くしゃみは、くしゃみがしたくてたまらなくなったのです。
くしゃみは、くしゃみを堪えました。
もしも、くしゃみのくしゃみに反応して、たまご坊主が落ちてきたら、きっとポスターは破り剥がされ、まるめて大きなボールにされて、キャッチボールが始まるでしょう。
そんなことになったとしたら、たまったもんじゃありません。くしゃみは、キャッチボールが苦手なのです。
くしゃみは、逃げ出しました。
自分の住んでいる「泉に沈んだロケット」を打ち上げて、宇宙へ飛び出していったのです。
一瞬のうちに、地球はもう、遠く遠く遠くにあります。
それでもくしゃみの目には、地上の様子がしっかりと窓の外に見えていました。
アライグマくんが、「いってらっしゃーい!!」とぴょんぴょんぴょんぴょん飛び跳ねて、大きく両手を振っています。
ハナカマキリのお嬢さんが、涙をぽろぽろ流しながら、「さようなら」とハンカチを振っています。
すると、アライグマくんの顔が花火で上がって、弾けて消えてしまいました。
なんと綺麗な花火でしょう。
その頃、花火の音に驚いたフンコロガシのおじさんが、割り箸を割るのに失敗しました。
しかし、「ちくしょうっ!!」と割り箸を地面に叩きつけると、箸の1本が地面に刺さって、偶然油田を掘り当てました。
フンコロガシのおじさんは、大儲け!!
ただ、調子に乗ると、転落します。
いまではもうフンコロガシのおじさんは、フンコロガシではなく、フンニコロガサレになっていました。つまり、地面に散らばる汚れに塗れて、惨めに暮らしているのです。
それでも、かつてのプライドを捨てきれないフンコロガシのおじさんは、自分を指差し笑うみんなに、「私をフン扱いするなんて、フーンだ!!」といつも怒声をあげていました。
そして、とうとう嘲笑に耐えきれなくなると、鳥の翼をバサっと生やして、温泉旅行へ出かけました。これで汚れも落ちますね。
さて、くしゃみがいつものように夕食の支度をしていると、誰かがそっとドアを開けて、家の中に入ってきました。
くしゃみが後ろを振り向くと、そこにいたのは、もう1匹のくしゃみでした。
どこからどう見ても全く同じくしゃみです。その日のネクタイのデザインでさえ、解れ具合まで同じです。
くしゃみとくしゃみは、身動きひとつ起こさずに、互いにじっと見合いました。
お湯の沸いたヤカンから高い声があがっています。
くしゃみは、そこで目を覚ましました。
そして、その瞬間、夢の内容のほとんどは、ふわっと煙が消えるように、忘れ去られていきました。
ただ、ハナカマキリのお嬢さんの涙とフンコロガシのおじさんの「フーンだ!!」は、しっかりと覚えていました。
それと、あまり良い夢ではなかったということも。
くしゃみは、砂漠で老カエルに出会ってからというもの、こんな悪夢を頻繁に見ました。
世界のどこかには、自分の他にも自分がいるのではないか。そんな考えが、頭から離れないのです。
はじめはおふざけ半分の気持ちでしたが、今では本気で疑っています。
くしゃみは、悪夢を見た日は1日中、「自分の存在」について考えました。
生きものも森も地球も宇宙も、この世界そのものが、初めから無ければ無かったで良かったはずなのに、なんでこうしてあるのだろうか。なんで「自分」はいるのだろうか。それに理由はあるのだろうか。
このような神経衰弱に陥りそうな問題を、くしゃみは1匹で考えます。
普段であれば、「意味があろうとなかろうと、生まれてきてしまったのだから、思う存分生きてやろう!!」と、こんなふうに考えますが、今回ばかりそうもいきません。
といっても、こういうときは、「こんな考えではいけない」と無理に振り切ろうとするのではなく、じっと考えるのが1番です。
考えようとして考えはじめたわけではなく、気づけば頭を抱えていたのなら、考えが自ずとこちらの方へきてくれたということなのです。きっと、いまはそれについて考えるべきなのでしょう。
生きていれば誰だって、楽観的なときもあれば、悩むときだってあったりします。みんながみんな、それぐらい大きな幅で生きているということです。
自分について悩むということは、自分になにか変化が起きはじめている証拠です。近い未来にそのなにかは、輝き始めるに違いありません。
だからたまには、少しの間、悩んだって良いじゃないですか。

作・絵 池田大空
『くしゃみのふつうの大冒険』
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