リューベン・オストルンド『フレンチアルプスで起きたこと』(2014)

来る2/23、スウェーデン人映画作家、リューベン・オストルンドの最新作(『逆転のトライアングル』)が遂に日本公開されるとのことで、パルム・ドール旋風前夜である『フレンチアルプスで起きたこと』をおさらいしてみた。

スウェーデンに住む4人家族が仕事の休暇で5日間フレンチアルプスの高級ホテルに滞在する。人為的に起こした雪崩によって起こった雪煙という超越的現象を目の前にした父親トマスの、とある瞬間的な行動に引っ掛かりを持ってしまった家族と、自分の取った行動を受け止められないトマスという構図で展開される。230程のカット数であるため約120分の上映時間に対してじっくりと鑑賞することになる。派手さはないが、フレーミングやブラックユーモア含めて何故か見続けられてしまう作品であろう。評価はどうやら分かれているようだ。

ファーストシーンからトマスの行動に懐疑的な視点を持つ。雪山を家族と歩いていると、「写真を撮らないか?」と声を掛けてきた写真屋の誘いを躊躇いなく断る。結局押しに負けて素敵な家族写真を撮られるが、それならば何故最初から撮られることを了承しなかったのか。トマスはスキーを楽しんでいないのか、写真で撮られることが単純に嫌いなのか。オープニングクレジットと入れ替わるように映る3カットで既に違和感を持たずにはいられない。結論から言えば、トマスはちょっとした格好付け、見栄張りをしちゃう大人。初日の夜に部屋の窓から飛ばしたドローンにまつわる受け答えや、現地で知り合った男女と夕食を共にする時にワイングラスを回して匂いを嗅いでしまう行為。一つならまだしも連続してやられると観る方がソワっとするような言動の持ち主がトマスだ。悪い奴ではない、成人男性としての優位性を振りかざしはしない、が、どこか残念な(きっとこれが人間的な部分と言うものだろうか)アレコレを抱えている。この部分を滑稽に描くことに専念すれば、軽妙な作品になるが、トマスはそれに向き合わざるを得ない状況へと追い込まれていくのだ。彼は家族との間に現前した膜を取り除くことはできるのか、そして自己との対峙から背かずにいられるのだろうか。

トマスの心理描写が見事なのは実際に観て頂くとして、劇中の音に感心しないで鑑賞はできないだろうということも言わなければいけない。本作は静かである。スキー帰りに大きなベッドで4人寝落ちしている瞬間や食事を取っている瞬間も静かだ?。本来ゲレンデはアナウンスや広瀬香美(彼女の楽曲がフレンチアルプスで流れているかは別として)、他の来場者でもう少し騒がしい。しかしそこのリアリズムはこの作品にはない。FIXによる安定したショットに加えてシンメトリックな構図。真っ白な雪山に独りリフトに乗る母親。ゆっくりとズームアップ・バックするカメラ。様々な要素が相まって一定の静けさを保っている。だが、唐突に流れるヴィヴァルディの「夏―第3楽章―」の激しい旋律には敵わない。10分頃に洗面所でキスをする夫婦を尻目に銃声と共に奏でられるのが最初であるが、幸せな光景に水を注す様に、場の雰囲気にはそぐわない。これは勿論今後の暗示的な意味合いがあるだろう。早めに提示されると我々は音に敏感になる。電動歯ブラシ、ドローン、ベルトコンベヤ、リフト音。静けさのアクセントとなるように発生する音が徐々に居心地の悪いものに変換されていく。さらに、木目の高級ホテルの温もりや全体的なスタイリッシュ/モダンさも無機質なものに変容していく。

きっと、それらはフレンチアルプスでなくともいずれはトマス家に訪れていた出来事だろう。つまり日常的な生活を引き金にいくらでもこの展開は作り出せるはずだ。なのにオストルンドはこの場を設定した。バカンスなのに逃げ場がない、楽しいはずの束の間な5日間で普遍的な観察を続けるオストルンド、とてもアイロニカルである。また、スキー板が深雪の中を駆け抜ける軽快さや山を下っていく身体など、雪山で映画を撮る設定だけで面白そうな題材はあちこちに埋もれている。しかしオストルンドは目的地へと向かう際の“他になにもできない時間”を描写する。それがベルトコンベヤーに乗っている時や、頂上に向かっているリフトであり、歩き続けるラストシーンだ。そしてそのラストシーンにも子供に隠していた事実が一つ発覚する。最後まで抜かりない。

書くのに疲れてしまったから詳しくは書かないが、いくつかの会話シーンにも注目して頂きたい。誰と誰がどこで話しているか、それによってカメラの置く位置と切り返し方を変えている。そこで話している人たちは果たして一緒の空間を共有している人たちなのだろうか。エバ(母親)とトマスが向き合う時、彼らの間には若いカップルがいなければならない。

次作『ザ・スクエア』でもそうだが、彼は心理描写に限らず、ちょっとずつ蓄積していくのがとても巧い。それ故にワンシーンは些細なものになるだろう。120分の作品なら120分観なければならない。当たり前だがそれほどの強度で映画を成り立たせる映画作家は現在どれほどいるのか。 “見続けなければならない”という観客の心理を心得ているオストルンド、きっと最新作も小さなフックを沢山散りばめて待っているはずだ。


船堂耀作

初めまして、フネドウと申します。
夏の時期は冬が好きになりますが、冬になると夏が好きになります。午前中から大きな公園で将棋を指すお爺ちゃんに憧れを抱きます。よろしくお願いします。

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