「優しいあなたに恋してた」第9話 

「ユウくん……どうしたの?」

「いやぁ、昨日1週間のロケクランクアポウでさぁ、新宿で飲んでた」

鍵をぐるぐる回し、そのまま収納ボックスに投げ込む。けど方向は微妙に外れ、ガチャリンという金属音と共に鍵は地面に打ち付けられた。すごく嫌そうな顔をするユウくんだったが、気にせずに靴を脱いで入ってくる。

「打ち上げってこと?え?てか昨日?」

「そう、昨日の22:00?23:00だったかもだけど、

飲んで、寝て飲んで、飽きて帰ってきた」

ユウくんはそう言いながら洗面所の暗がりへ消えていった。

時間は今23:00を少し回ったくらいだった。

食洗機も回し、お風呂も洗い、今日もユウくんが帰ってこなかったことを確認して部屋を出ようとした矢先だった。

前にもタイミング悪くユウくんが帰ってくることはあったが、そのときは疲れ果ててすぐ寝てくれたり「帰っていいよ」と言われたりして、すぐに帰ることができた。

ただ今日のユウくんは変に酔っ払ってる。

少しは相手をしないといけないようだ。

私はとりあえずあったかいお茶をユウくんに出した。

「ご飯は食べてきたんだよね?」

「ん、きた。けどちょっとお腹すいたな……でも、大丈夫」

ユウくんはそう言うと、キッチンの棚の中をゴソゴソと探し始めた。そしてポッキー1箱を取ってきた。

「これ食べるから。大丈夫、ん、これ昨日のカラオケのやつと一緒じゃん」

そう言いながら手で数本ポッキーを掴んではバリバリと食べるユウくんに色々な意味でショックを受ける。

「大丈夫、ちゃんとこれで俺大丈夫だから、ユズに今から作らせるとか、しないから」

お酒を飲んだ時のユウくんはもっとポーッとして、

むしろ口数が少なくなって、

すぐに寝ちゃうような人だった。

でも今のユウくんはまるで……

「たまにはね?優しくしないと」

その言葉を聞いて私は思わず言ってしまった。

「なにそれ?」

それまで笑っていたユウくんが

困惑した表情をした。

「……は?」

その目は本当に私が言ってることが

理解できない目だった。

「いや……なんでもない」

「あー、ごめん……」

長い時間が流れる。時計のチクタクという音が聞こえてくる。

「ごめん、寝るわ……」

我に帰ったのか、立ち上がったユウくんは洗面所の方へ歩いて行った。深夜の廊下にユウくんの影が溶けていく。

また私は話せなかった。

でも今までとは違う何かがあった。

そうだ、ユウくんと話さないと。

ちゃんと話さないと。

そう心から思うようになったのだ。

翌日ユウくんからLINEがきた。

『ユズ昨日はごめん。酔っちゃって思ってもないこと言っちゃった。アレは本当の俺じゃなくて、外での、っていうか撮影部の俺を引きずっちゃって家に持ち込んじゃった。』

わたしはちょっと悩んでこう返した。

『一回ちゃんと話したいな』

『撮影部の俺を引きずっちゃったってどういうこと笑』

あくまでも深刻じゃない風に返した。

『外だとあんな感じにしないといけなくてさ笑』

『うん。話そ。明後日の夜は空いてる気がする』

私は悩むことなくこう返した

『じゃあ明後日話そ、ご飯作って待ってるね』

明後日私はユウくんと話す。

これまでずっと話せなかった私が話そうと思えた理由。

それは一つしかなかった。ちゃんと謝んないとな。そう思ったからである。





「マジでアイツ来なかったな」

今僕はユッキーと若洲海浜公園にいる。

目の前の竿は川の流れを感じるくらいで、

それ以外手応えはなかった。

凸凹とした岩に座ると1時間も尻がもたない。

逆に体育座りをしていると足がすぐに痺れてしまう。

経験値の高いユッキーは小さな折りたたみ椅子を持ってきてくれた。

若干ぐらつきはするが、確実に尻と足は無事だった。

「ね」

「え、マジでさ、ダルいっつってストレートに来ないのヤバくね?隠す気ゼロやん」

ユッキーと古村と僕がいる3人のグループ。

そこへユッキーが釣りに行こうという言葉を投下した。

僕はちょうど撮影も終わり土日はしばらく休める見通しだったので了承した。

しかし古村は全く既読がつかず、ユッキーの投下から25時間ほど経って、

「悪い、だるいからパス」

とだけ返信が返ってきた。

餌であるなんだか粘土みたいなものを釣り針につける。

ユッキーは明らかにキレていた。

「普通だるいで断る?絶対誘わないわアイツ」

「まぁなぁ……」

そう言いながら僕はルアーの持ち方を変えたり、ちょっとリールを巻いてみたりした。

「絶対許さんわアイツ。結構ガチで」

「マジ?」

別の方角にルアーを投げてみる。

「ちょい、マッキー、場所変えんの早くね?」

「だって釣れる気しないんだもん」

「流石にちょっと待とうぜ、ホラ、初めてのWii世代だろ?俺ら、釣りあったじゃん。アレと同じよ」

「あーなんだっけそれ」

「なんか一回ルアーに魚が触れるとリモコンが振動したじゃん。

アレ一回で魚が食いつくことまずなかったじゃん。同じ場所にずっとおいといて、

2回3回振動してようやくエサに食いついてたっしょ?」

「あーそうだったな、え?でもすぐ食いつくやつもいたじゃん」

「アレは雑魚、釣ると減点されてたぞ?」

「あ、そっか、昔すぎて忘れてたわ」

「え?1年前くらいにやったじゃん」

「やったっけ?」

「やったよ、古村ん家で」

「あ、やったわ!」

「あーークソ!」

自分で地雷を踏んで爆発するユッキー

ユッキーの竿が大きく揺れる。

「あー腹立つ。こんなんじゃ釣れなくなるわ」

「いやもう釣ってんじゃん、2匹」

「3匹は平均で行けるから俺、今日は4は行きたい」

「え?0なんだけど」

「んーまぁ初めてで釣れないことは全然あるから」

「なんだよそれ」

「まぁ力抜いてみろって、ぼーっと海でも眺めてたら急にくるから」

どうしても魚を釣りたかった

僕はユッキーの言葉を信じることにした。

川の水面を見ながら無心になる。

「てか、なつみちゃんとはどうなの?」

「あー、治ったって」

なつみちゃんの体調不良は無事に治ったようだった。

LINEで1週間ぶりに話すなつみちゃんは元気そうだった。

『うん!元気になった!ありがとう😭』

そんな返信が昨日の夜帰ってきたのだ。

ユッキーに今日の集合時間のLINEをもらったまさにその直後だった。ユッキーにはそこまでしか言ってないが、この話には続きがある。

僕は元気になったなつみちゃんを改めてご飯に誘った。

香田さんと話してから胸のつっかえが取れたように、

僕はスイスイとなつみちゃんに自分の気持ちを伝えられるようになっていた。

おんなじ意味でも文章量は自社比で56%カットされた。ストレートな直球を投げてみた。

『もし良ければご飯行きたいなと思ったんだけど、どうかな?』

前だったら、治った祝いにとか、

病み上がりの所ごめんねとか言ってた気がする。

でも今の僕には香田さんの言葉が響く。

「牧野くんの方も、気を使いすぎ。全部肯定して、全部受け入れてくれる。それって全然ダメだからね?」

相手のことを想いやって、

僕は自分が本当に相手に思っていることを

伝えられずにいた。でも、それは香田さんに言わせれば全然ダメなことだった。

僕はなんとなくそれが正しいんだろうなと思う。けどなぜそれが正しいのかはうまく言葉で説明できなかった。

今、だんだんその答えに近づいているような気がしている。

自分のやりたいことを素直に伝えてみる。すると相手も、今までとは違う反応を見せる。台詞の選択肢を選ぶことで物語が変わっていくゲームのように、僕が変わったことで、向こうの反応も変わり出していた。『そうだね!行こう!』

僕の強い気持ちが届いたのだろうか。

切実さが届いたのだろうか。

単純に申し訳なさがあるからなのかもしれないが、

僕はなんだか嬉しかった。

水面を見ている。

ゆらゆらと揺れている。

昼に集まったが、もう夕方になっていた。

夕日の赤色が、ブルーの水面に映されて

若干紫っぽくなっていた。

「マジないわーアイツー」

相変わらずユッキーは古村をディスりまくっている。

「思わない?マッキーもさ」

「んーね」

あんまりユッキーの話に集中できてない。

なぜなら僕は今ユッキーのアドバイスを聞いて、

無心になっているからだ。

「マジでなんなんだよマジで〜」

「んーまぁ言い方だよな。こっちは傷つくよな」

「んー、傷つくっていうかムカつく。

ちょっとは気遣えや」

「まぁなーでも、逆に言うと、本当にダルかったんだろうな」

「まぁ、そこ嘘ついてもなんもいいことないもんな」

「きっとアイツは正直に断っちゃっても大丈夫だと思ってんだよ」

「いや、舐めすぎだな俺を」

「ほら、その感じ大丈夫そうじゃん」

ユッキーの方を見ないでもわかる、

なんだかこの感じは大丈夫そうなのだ。

「実際だいじょぶ」

「でしょ?」

「まぁ、本音で話してるって、いいっちゃいいのか」

「絶対その方がいいよ、信頼がないとできないもん、そういうのはさ」

その時、

竿を持つ指先にこれまでと違った感覚を覚えた。

「あーまぁめっちゃ良く言えばね」

「いや絶対そうよ、てかなんか来たんだけど」

「え?マジ?落ち着けよ、すぐ引くなよ?」

「おい!めっちゃビンビンしてんだけど!まだなの?」

「あ、オッケー!引け!引け!」

全速力でリールを回す。

なぜかそれと同時に僕の記憶も巻き戻されていくようだった。

なつみちゃんと遊んだ日、

なつみちゃんはいつも主張せずに僕に委ねてくれた。

お店もファミレスだったけど、いつも「じゃあそこにしよー」

と言ってくれた。

「一緒にいたいと思えなくなることにも、理屈なんかないんだよなって」

古村の妙に悟ったような声が聞こえる。

理屈なんてない。この世界には

「なんとなく」が理屈になる出来事が沢山ある。

「お前はお前のことを好きだと言ってくれた

人を突き放すか?」

上司の質問がはっきりとリフレインする。

突き放さない、けど大事なことはそれで好きになるかどうかだ。

「全部、だからそれを聞きなって。

そうすればこの話は全部終わりだから」

香田さんの声が響く。

「信頼がないとできないもん」

ついさっき言った僕のその部分だけ再生される。

その瞬間、僕は香田さんが言っていたことを本当の意味で理解した。

全てを受け入れて、

全て肯定することの恐ろしさ、間違い。

その罪。

僕はようやくわかった。

その瞬間、およそ20cmほどの魚が勢いよく飛び上がり、水面を叩いた。

魚の方向はしっかりと僕の釣竿の方に伸びていた。

僕はこの2日後、なつみちゃんと話すことになる。

そしてその日を境に、

僕となつみちゃんが再び会う日は訪れなかった。

続く

マモル

マモルです。作品を見ること、作ることが大好きです。ちょっと気を抜くとすぐに、折り畳み傘に髪の毛がひっこ抜かれてしまいます。気を引き締めて毎日生きてます。生き急ぎ過ぎないように。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


上の計算式の答えを入力してください