「優しいあなたに恋してた」第8話 

「私には1つ上の彼氏がいて、今同棲してる。

で、その人はフリーランスのカメラマンでね……」

どうやら香田さんも中々大変な問題を抱えていた。

彼氏が現場に多く呼ばれるようになり、

かなり忙しくなってしまうことを香田さんに相談したという。

すると香田さんは全力でサポートするので思い切り頑張ってと後押ししたらしい。

その結果始めの頃は余裕があった彼氏さんだが、

どんどん忙しくなって、どんどん目の前のやらないといけないことに忙殺されて、

今彼氏さんは香田さんと向き合う余裕がなくなってしまったのだ。

特に辛かったのが、必要な会話、そうでない会話を分類して、私との会話を必要ない会話に振り分けたことだと彼女は言った。

「って感じで、そういうので私も知らない間にくらってたんだよね」

「それは……くらいますよ、好きな人からそんなことされたら耐えられないっすよ」

「私はまだ牧野くんよりかは耐性あるからいいんだけどさ、でも結構やばいなとは思う。冷静に考えて」

「んーそうですね……」

「でも大丈夫。何をするべきかはわかってる。ちゃんと話し合う。それだけだと思う。今は余裕がなくて話せないだけで、話せるタイミングになったら一気に聞こうと思う。この生活続けて大丈夫なの?ボロボロになっちゃうよって」

「あー、確かに。でもやっぱ自分の不満じゃなくて、相手のことなのが凄いなぁ、やっぱ相手を思いやってるというか」

「でも、今の生活を続けるって言った時は、私は自分の不満もちゃんと伝えようと思う」

「あーなるほど……」

「まぁ……いつできるかなんだけどさ」

「僕と違って話す覚悟はあるのに、話す機会がないんですね」

「そうだね……本当見事に生活バランス違うから……」

「今日はいいんですか?」

「いや、今もいない気がするなー、朝帰ってきて夜出てくみたいなパターンが多い」

「あー……やっぱ撮影って大変ですからね」

「あ、やっぱそうなんだ」

「はい、撮影ってなんで人と生活リズム変わっちゃうと思います?」

「え、わかんない」

「これ撮影に限ったことじゃなくて映像に携わる人全部そうなんですけど、撮影する場所がロケの場合そうなることが多いんですよ」

「あー私の彼もロケって言ってた……」

「ですよね。ロケってスタジオとかと違って、撮影する用の場所での撮影じゃないんですよ。例えばレストランの撮影とかって、撮影する場合は営業時間の後開店するまでの間に撮影許可が降りたりするんですよ」

「あーそういうこと」

「そうなんです、だから普通の人とは生活リズムをむしろ逆にしないと、撮影ができないんですよ」

「あーそうだったんだ……それってずっとなのかな」

「そうですね……ロケだとずっとですね。スタジオ撮影とかだと全然夜帰ってこれるんですけど、それはもう彼氏さんのお仕事次第ですね……」

「そっかー……やっぱ大変そうだな……」

「ですねぇ……でもちょっとあまりにもひどいですけどね……そんなカロリー使わなくするとか……」

「うーん、そうしないと倒れちゃうギリギリなのかなって思ってはいるけど、結構ねー」

「なんか……それまで優しい分、来ちゃいますね」

「そう、そうなの、ユウくんめちゃくちゃ優しかったの。あ、言っちゃった」

「まぁ大丈夫です、全然、知らない人ですから……俺も言ってますし」

「まぁ、そっか。でもそう。それまでものすごく優しいから、すごく今の状態を早く脱してほしいなって思うんだよね……元気になって、私にも優しくしてくれる余裕を取り戻してほしい」

「ですねぇ……戻ってほしいですね」

「うん……」

まさかこんなことになるとは思わなかった。

色々言われたし、今もよくわからない部分がある。

でもなんだか心が軽くなった。それだけは言える。

カフェを出た。勿論今回の失態は僕に責任があるので僕が全てお代を支払った。

「なんか、すみません。僕が最初あんなんだったんで、こんなことになって」

「いや、大丈夫、なんか私もよかった。なんで牧野くんが仕事ができてなかったのか原因わかってスッキリしたし、それに色々私も考えまとまったし」

「そうですね……なんか、キツイことめっちゃ言われましたけど、でも香田さんの話が1番説得力ありました」

「あ、そうなんだ」

「そうですね、なんか今までの人全員男だったんで、やっぱ女性の言葉って……違うなって」

「あはは、何それ」

駅前で思い出したかのように香田さんが手さげを渡してきた。そこにはフルーツのゼリーが入っていた。

どうやら撮影現場で助けられたお礼とのことらしい。

僕は確かにこれを渡すだけなら駅の改札で充分だったなと思った。

少し申し訳なく思いつつもありがとうございましたと礼を言って別れた。

僕はとりあえずなつみちゃんのLINEにこう返した。

「大丈夫だよ〜また体調治ったら、行きましょう!」

あの質問を投げかけることができるかどうかはまだわからなかった。

しかし、少なくともこちらが待つことはもうしないつもりだった。

向こうからウザいと思われたとしても、なるべく早くなつみちゃんと会いたいと思った。

なつみちゃんと会ってどうするかは、まだわからない。

だいぶ心は軽くなっていた。

多分僕は人を疑うことが苦手だった。

好きな人ならなおさらそうで、その人の悪い部分を突き詰めていくような作業もすごく辛かった。

だから、自分が嫌になって、自分では処理できなくなって泣いてしまったんだと思う。

パソコンで言うと一回強制終了したような状態だった。

けれどもそこからファイルを整理して、外に出して、だいぶ軽くなった。今はただそのことに感謝してた。




ユウくんと話す内容は決めてるし、覚悟もできてる。けれどもタイミングがない。

そんなふうに

また自分を強く見せようとして嘘をついてしまった。

ユウくんと話すタイミングは実はそれなりにある。

こうして今も味噌汁とハンバーグを食べてるわけだけど、やっぱり勇気が出ない。切り出せない。

この状況は特殊だから、わざわざ口にしなくてもいい気がする。特殊な状況はいつかは正常な状況に戻る。いつのまにか傷が治っているように、

そのうち、環境がまたガラッと変わって、いつのまにかユウくんに余裕が出てくるかもしれない。

そうしたらユウくんをずっと支えた人として、私はユウくんの中で永遠のパートナーになる気がする。そんなifの未来を想像している。現在から逃げている。

「美味しい?」

「うん」

「仕事はどんな感じ?」

「んー大変」

「上司の人怖いの?」

「上司って」

ユウくんがまた小さく笑う。その笑いは前のように

私を優しく包むような笑いじゃなく、どちらかと言えば全然見当違いのこと言ってるなこいつ、みたいな気持ちから出てくる笑いのようだった。前にもされた気がする。

「まぁ上司か、チーフカメラマンの人がすごくて、毎日怒られてる。甘い、遅い、遅れてるって」

「ひどいね」

「いや、でも俺26じゃん?それでようやくしっかりとした現場に出始めたから……ここ最近ね。でも照明の人とか18くらいでこんな現場入ってたりする人いてさ、もうやばいなって確かに思う」

こんなに自分のことを話してくれるのはいつぶりだろう。1ヶ月ぶりな気がする。この言葉に対するリアクション次第でユウくんの口はまた固く閉ざされてしまう気がする。だから私は全力でユウくんを肯定することにした。

「そっか..….でもユウくんはめちゃくちゃ頑張ってるし、絶対大丈夫だと思うな」

「そうかな、これでいいのかな」

「……そうだよ?」

「じゃあさ、ユズさ」

ユウくんが正面を向く。

久しぶりに名前を呼ばれたけど、

なんかよくない方向に向かっている気がする。

え、大丈夫かな。

「ずっとこんな感じでいい?」

どういうことなのかわからなかった。

「どういうこと?」

「んーなんか、ごめんなんだけど、俺が」

「俺がって……ユウくんはユウくんじゃん」

私はわからないフリをした。

「そうじゃなくて……ちょっと無理してたから……これでいい?っていう」

「無理……してたの?」

「んー……」

「どの辺が……?」

「……俺がしなくなったこと、全部」

「……なんでそうなるんだっけ?」

「もっと集中したい」

食卓がシンとする。ユウくんのパソコンに刺さっているポータブルハードディスクのジーという音だけがなっている。

「私は……それはちょっと……嫌だな」

「……そっか……ごめん」

今後どうなっていくのか結局わからなかったし、

最後のユウくんのごめんは何に対してのごめんだったのか。わからない。わからないけどあまり聞きたくなかった。もうそのくらいにしてほしかった。これまで言葉にしていなかった事実を言葉にしただけなのに、どうしてこんなに悲しいのだろう。

どうやらこれは異常な状況じゃなかった。

異常だったのは、むしろ前の方だった。

それからユウくんはホッとしたように安心して

どんどん優しくなくなっていった。

まず以前からあまり機能してなかったユウくんとのLINEだが完全に向こうからの返事がなくなった。

だからユウくんが家にいないときは何をしてて、いつ帰ってくるかもわからない。

私はどんな食材を買って、どんな料理を作るかの献立も立てられなくなってしまった。

だから完全に1人の想定でご飯を作るようになってしまった。

賞味期限が近い乳製品も、生ものもあまり買いすぎてしまうと消費できないので1人分だけ買うようになった。

生活リズムが違うので、洗濯機の前にいつもユウくんの服が脱ぎ散らかしてあった。

初めの頃はコインランドリーなどを使っていたのか、そんなことはなかったのだが、ここ最近はパンツも含め全てが置いてあった。

ユウくんの下着というよりかは連チャン現場で撮影した汗まみれの成人男性の下着というイメージしか持てず、

毎回私は手袋をつけ下着を洗濯機に入れ、脱ぎ散らかされた服の下のマットを入念に除菌スプレーした。



玄関から帰ってきた時家の鍵を投げて収納ボックスに入れるようになったし、

例えボックスから外れて大きな金属音がしたとしても特に戻さず、部屋の中に入ってきた。

声がちょっと低くなった。

多分朝とかに会うことが多く、

喉に水分が少ないから

そう聞こえるようになったのだろう。


聞き返す時に前は

「え?」だったのが「は?」

になっていた。

というかそもそも聞き返すことが多くなった。

私はもう前の優しいユウくんの声をあまり思い出せなくなっていた。

1、2週間を経て上記の状態になったユウくん。

これで終わりかなと思っていたが、3週間目、またユウくんは徐々に変わり出していった。

LINEの既読は相変わらずついてないのにも関わらず、

その日ユウくんは夜急に帰ってきた。

「ただいま〜やっほー、ユズ元気?」

ユウくんの顔は少し赤く、少しお酒が入っていた。

続く

マモル

マモルです。作品を見ること、作ることが大好きです。ちょっと気を抜くとすぐに、折り畳み傘に髪の毛がひっこ抜かれてしまいます。気を引き締めて毎日生きてます。生き急ぎ過ぎないように。

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「優しいあなたに恋してた」第7話

ライター:マモル
撮影は無事に終わった。
私たちのバタバタなんて知る由もなく
最後に笹原さんと細井さんが
特に面白くもないシチュエーションで
笑い合いながら次回もよろしくお願いしますと握手をしていた。

pexelsより

「優しいあなたに恋してた」第6話

ライター:マモル
前回までのあらすじ
「都合のいい遊び相手」
細井さんから刺すように投げかけられた言葉が
モヤモヤと宙を漂う中
僕は遂に行動を起こした。
彼女をおよそ2ヶ月ぶりに遊びに誘い、
オッケーをもらったのだ。

「優しいあなたに恋してた」第5話

ライター:マモル
「ユウくん?ちょっとユウくん!」
玄関で寝たままユウくんは起きない。
もしかしてこの数日間ずっと寝てなかったのかな。
私は時間を見た。
電車はダッシュすればあと2本先でもいい。
だからあと8分ここにいられる。

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