「優しいあなたに恋してた」第7話

撮影は無事に終わった。

私たちのバタバタなんて知る由もなく

最後に笹原さんと細井さんが

特に面白くもないシチュエーションで

笑い合いながら次回もよろしくお願いしますと握手をしていた。

私はあの後資料を直したことを報告したついでに

井上さんにディスプレイカット用の商品を持ってき忘れていたことを告白した。

するとはじめ井上さんは

「つまり、それってどういうこと?」

と理解できていないようなリアクションをした。

そこで無事に撮影前には用意ができると答えたら

「そうなんだ、全然いいよー、

てか早めに気づけてよかったね」

そう笑いながら言ってくれた。

あれから1週間ちょっと。

私はデパ地下で3つ入り税込1100円

のミニフルーツゼリーを購入していた。

それは牧野に明後日の夜渡すためだった。

私は借りを作るのが苦手だ。

誰かに弱みを握られているような気持ちになってしまい、なるべく早く返したい。

それをありがとう、お世話になりましたという言葉だけで済ますのはどこか気が引ける。やはりしっかりと視覚的に認識できる物でお返しをしたい。そうすればそれを渡した時点で私は再び誰にも借りを作っていない状態になるからだ。とりあえず牧野に電話し、

個人的な理由でお返しをどうしてもしたいから会ってほしいと連絡したら、案の定何のお返しか向こうはわかっていなかったが、どうでもよかった。私の中で区切りがつけばいいので、とにかく渡したいものがあるので都合のいい時間と場所を教えてほしいと言うと、牧野は意外にもユウくん家の最寄駅の隣の駅に22:00でと指定してきた。少し抵抗はあったが、すぐに家に帰りユウくんを待つことができるので承諾した。

ユウくんの家に帰るとユウくんが帰ってきていた。

ユウくんはパソコンを開き、カメラのデータを移してるようだった。

「ただいま」

玄関にバッグを置いて靴を脱ぐ。

「んーおかえり」

「ちょっとこっち見てよ〜」

気にしてない風を装って切実な想いを伝えることを最近は心がけてるけど、

いまいち効果がない。

ユウくんはいつも優しかった。

優しくて自分が忙しい時でも気を配ることができた。

だから、こうなったことがないのだ。

つまり、ユウくんが一時的にではあるにせよ目の前の事柄にしか

集中できなくなってしまっているという状況になったことがない。

だから現在のところ、ユウくんとどう接すればいいか、

こちらが適切なコミュニケーションの形を見つけるまで、

色々試行錯誤中といったところだった。

「ご飯食べた?」

今度はユウくんの視界の前に回り込む作戦である。

これがうまくいけば、基本ユウくんの目の前にいればコミュニケーションができることになる。

「んーん」

これは食べてないってことだ。

「わかった、じゃあ作るから待ってて」

あんまり効果はなかった。

ユウくんは本当に最小限しか私と話さなくなってしまった。

でもそれがユウくんの本意じゃないのはわかる。

ユウくんは今目の前で仕事をしている状態で、集中しなければいけない。

自分だってエクセルやパワポで鬼作業している時に横から世間話をされたら塩対応になってしまう。それだけであって、別に冷めてるとかそういうんじゃないのはわかってた。

豚肉のステーキを豪快に焼く。

「はぁ...…もうちょっとスタビライズちゃんとかかってると思ってたのにな...…やっぱモニター小せえんだよなぁ..….でかいの買うか..….」

後ろからユウくんの声が聞こえる。

すごくはっきりとした文章を喋っていて、

どうして私とは喋ってくれないんだろうと思う。

そして思った矢先にあぁそうか仕事で手いっぱいでそれ以外低電力モードだったと納得する。けど、今の言葉で地味に聞きたくなかったのが言葉の荒々しさだ。

いつも穏やかで優しいユウくん。忙しいとそんな荒々しい言葉が出るのが

ショックだった。火を強火にして私はお肉のジュウジュウという音でユウくんの

言葉をかき消した。

「ほら〜!ユウくん見て!すごくない!お肉!」

ユウくんの前にポークソテーを置く。

私的には仕事がひと段落したのでいい区切りだと思ってたが、

そういえばユウくんは今どの仕事がどこまで終わってるんだっけ。

「おぉーすご」

流石のユウくんもテンションが上がったようだ。

「ちょっとパソコンとかに油飛んじゃうかもしれないから、一旦片付けれる?」

今回ステーキを作ったのにはそういう理由もあった。

精密機器からユウくんを切り離して、

ユウくんと色々話せる状況を作りたかった。

「それはなんの作業なの?」

「んーなんか...…使える素材をピックアップしてチーフに共有するみたいな、いただきます」

「そっか、すごいね。いただきます」

「うん、うまいね」

「そういえば、ユウくん前みたいに写真撮らなくなったけど、いいの?」

するとユウくんが明らかにうんざりとした顔をした。

「いや、ライトもちゃんとしてないし、画角もダメだし、三脚もないし、そういうこと考えちゃうし、撮んないほうがいいなって」

「そっか、そうだよね。ご飯の時くらい撮ること忘れたいよね、じゃぁ代わりに私撮るよ」

そういって私はスマホのアプリで写真を撮った。

なんかこの話題はユウくんにとってあんまり気持ちのいいものじゃなさそうだったから

私はそれ以上追求しなかった。

「仕事は結構大変...…?てか大変だよね」

「んー」

「今やってるのはMV?CM?」

「んードラマ」

「そっか、ドラマか...…大変だよね」

するとすこしふっと笑いながらユウくんはこう言った。

「わかるの?」

「んー、ドラマはわかんないけど、この前CMの

撮影あってさ、30秒なんだけど、それで1日かかってたから、

やっぱドラマだともっと時間かかるんじゃないのって」

「うん、まぁそうだね」

「そうだよね、やっぱ!よかった当たってた」

「どうしたの。なんか怖がってない?」

「え?怖がってないよ」

「もし撮影のことで

変なこと言ったら俺が怒るとか思った?」

「...…え?」

「いや、ごめんなんでもない、美味しいこれ」

ご飯を出して、仕事ができない状態にして、真正面に座ってユウくんと話す。

そうすればコミュニケーションが取れることがわかった。

だけど、なんだろう。なんだか楽しさは全くなかった。

けど一歩前進した。そういう風に捉えることでなんとか気持ちを保っていた。

約束の時間、

21:55分ごろに私は駅の改札に戻ってきた。

約束の時間まで余裕があったので一人で外食をした。とても美味しかった。

ユウくんには今日ご飯は作れないとLINEを打っておいたので、罪悪感もない。

果たして、牧野は本当に現れるのだろうか。

すると現れるというか、牧野はすでに居た。

けど何かが変だった。

その違和感の正体は明らかだった。

牧野はポロポロと涙を流していた。

「牧野さん……どうしたんですか?」

「あ……香田さん……すみません、大丈夫です」

ケータイを握りしめている牧野は慌てて涙を拭う。

けれども割と涙の量が多く、袖がぐちゃぐちゃになることは必至だった。そこで牧野はすぐにポケットから例のひどく子供じみた仮面ライダーのハンカチを出して涙を拭った。

「ホントすみません……ちょっと……」

社会人として、人と会う時のマナーとして

泣いているのはおかしいと牧野自身痛いほどわかってる。だから必死に普通の状態に、空間に戻そうとするけどもうそれは無理だった。

駅前にカフェがあったはずだ。急遽予定変更だ。

「大丈夫じゃないですよ……ちょっととりあえず……出ましょ?何があったんですか?」

「すみません……ホント……」

香田さんと出会う前、というか

撮影が終わった直後。

僕に1件のLINEが来ていた。

それはなつみちゃんからのLINEだった。

「牧野くんお疲れ様…

ホントにごめんねなんだけどちょっとここ数日頭が痛くて…少し体調が悪いから来週行けるかわからなくて…すごく行きたいからなんとか体調治せたら良いんだけど…😭」

僕はそのLINEを見て

あぁなつみちゃんがここまで体調が悪いなら、ちょっと今回は行けないかもしれないな、それに本人はめちゃめちゃ行きたいと思ってくれてるのが伝わってきたし、むしろ嬉しいなと思った。

「お疲れ様!体調大丈夫…?全然無理しないで休んで…また体調治ったら行こーーー👍」

そう返信した。

少し残念だったけど、行きたい気持ちが伝わってきたのでプラマイゼロむしろプラだった。

そう思っていた。

2日ほど返信がなく本当に体調が悪いんだなと思った矢先「ありがとう…なるべく行けるように頑張る…ホントごめんね…」という返信が来た。

続いて4日前何気なくインスタのストーリーを見ていると会社で同期のマユが親しい友達限定でとある投稿をしていた。それは串揚げのお店でお酒のジョッキを持つマユと……なつみちゃんだった。

「偶然新宿でバッタリ!久々に飲み行ったー!元気そうだったよ!みんな!報告w」

その言葉と共にタグが入っており、そのタグは間違いなくなつみちゃんだった。

それを見て僕は少し疑問に思った。

体調悪いんじゃないの?

マユは結構グイグイ行くタイプだから

バッタリ会ったのは本当で、

その勢いに思わずなつみちゃんは断れなかったのかもしれない。けどどう見ても写真には楽しそうにグラスを掲げるなつみちゃんが写っており、その写真に体調の悪さは一切見られなかった。あーなんか気持ち悪いな。人の何気ない投稿から推理して超キモいな。だけど僕は明後日に一応遊ぶ予定になっていて、それが体調不良でほぼ延期状態になっているので、流石になつみちゃんに体調がどうか一度聞こうと思った。

「なつみちゃんお疲れ様!体調どう…?明後日厳しそうかな?」

すると一日また既読がつかず、僕はまだ体調が治っていないのかなと思いつつも、この前の串揚げ屋での笑顔が忘れられずよくわからない気持ちになっていた。

そして香田さんと出会う10分前。こんなLINEがきた。

「ごめん…ずっと体調悪くて…ほんっとごめんなんだけど体調治ったらまた遊びたいな…ごめんねホントに」

せめてまた体調悪くなっちゃってとか

そういうことを言ってほしかった。

そもそも今なつみちゃんはどんな感覚なんだろう。

僕に嘘をついているという自覚はあるのだろうか。

そもそも体調悪くても外に出なきゃいけない用事はあって、だからあれはノーカンなのだろうか。

あの時も体調悪かったから「ずっと体調悪い」の「ずっと」に入ってるのか…?

なつみちゃんのことで疑心暗鬼になる自分も嫌だったし、いろんな情報を集めてストーカーのようになっているのも嫌だった。そんなことを考えている今この瞬間も嫌で、僕はどうすれば良いかわからなくなってしまった。そして気づいたらポロポロ静かに泣いていた。そんな折香田さんがやって来たのだった。

カフェでシトラスティーを飲んで洗いざらい全て話すと心なしか少しだけ落ち着いた。自分の中に抱え込んでいたものを外に出せたような気がして心が軽くなった。

「すみませんマジでプライベートな話で……」

「……うーん……ごめんなさい牧野さんが悪いです」

前言撤回。メンタルの鏡が砕け散る。けどあまりにもストレートすぎて泣く暇もなかった。もはや意味がわからない。

「えぇなんで……?てか誰が悪いとかじゃなくて、どうすれば良いかを知りたいんです……」

「すごい被害者な感じ出すのやめてください」

「いや悩んでるだけですよ……」

「もう……腹立つ……そのせいで私モイスチャー保湿ぶっかけられたのか……マジでもー……」

「なんでそんな怒ってるんですか……」

踏んだり蹴ったりである。喜怒哀楽で何になれば良いか脳が困ってる。

「いや、そのー……まず、全部牧野くんが許しちゃってんじゃん、それが良くない」

「え?」

「向こうはこう思ってる。私はどんなひどいことを言っても、牧野くんと一緒にいたいって気持ちを出せば、牧野くんは許してくれるって」

「いや腹黒すぎでしょ!」

「思ってないと思う?なんでそう思えるの?」

香田さんの目が鋭くなった。

「例えばLINEね?体調悪いって報告、これ当日行けなくても大丈夫だよって言葉を牧野くんからもらうために、やってんの」

「え?」

「向こうは全部わかってるの、私がこう言えば牧野くんはどう返してくるかなって。体調悪い、行けるかわかんない。そしたら牧野くんは絶対無理しないで延期でいいよって言ってくれるって私でも予想つくよ」

「そんなこと言われても……ホントに思ってることなんですよ、大丈夫かな?無理しないでって、だから予想とかどうしようもないですよ……」

「じゃあずっとこのままだと思うよ」

「そんな……」

「さっきのハンカチもさ……なつみちゃんにもらったやつ?」

「そうです……去年の誕生日に……」

「やっぱり。強すぎだよ愛が」

「ダメなんですか?」

「うんダメ。だってさ、例え好きって言葉を言われたとしても、それをめちゃめちゃ興奮した顔で鼻息荒くフガフガ言わせながら、10cmの距離で言われたら嫌でしょ?」

「それなんですか?俺」

「うん、大抵の人は離れると思うよ」

「いやそんなフガフガ言わしてないし……なんなんすかマジで……それホントなんですか?」

「うーん、ホントかどうかはその子じゃないからわからないって、いつもなら言うけど……今回は、多分ホントだと思う」

「えぇ……」

「だって私でも絶対そうするもん。てか?牧野くんが本音で話してないのがよくない」

「本音?」

「牧野くんの方も、気を使いすぎ。全部肯定して、全部受け入れてくれる

それって全然ダメだからね?すぐ離れてっちゃうって」

「……」

「ホントにこんな感じで2年続いてるだけ凄いよ」

「でも……そう、やっぱりそれは好きって感情がちょっとはあるんじゃないですか?告白して振られて、それでもまだこうやって続くってことは……」

「それをさ、なつみちゃんに一回でも聞いた?」

「……」

「好きなの?嫌いなの?って、それを聞けば済む話じゃん全部。だからそれを聞きなって。そうすればこの話は全部終わりだから」

「……」

確かにそうすれば自分の抱えるモヤモヤは全て決着する。全ては結局僕のことを好きなのか、そうでないのかの部分に繋がっている。ただそれはあまりにも全ての根幹すぎて、とてもじゃないが真正面から立ち向かえる訳がなかった。もし好きじゃなかったら?それを口に出されるのが怖い。だから聞けない。

「うーん……でもやっぱり怖いっすよ……」

「それは、なんて言われるかわかってるから?」

「……」

もしかしたら。そうかもしれない。

自分がその質問をできないのは、

心のどこかでその答えを知ってるからなのかもしれない。

「そうかも……」

「じゃあさ、もう終わらせるためにも聞くしかないよ。牧野くんのここ最近の仕事のできなさも終わらせることができるじゃん」

「そうっすね……」

沈黙が流れる。僕にとっては考える時間が欲しかったので全く気まずくなかった。カフェの音楽が聞こえる。

「でも凄いね、そこまで相手のことを思って、自分をボロボロにできるのって」

「普通こうじゃないですか?」

「ううん、普通ボロボロになるのって自分のためだから」

そう言うと、香田さんは少し黙ってしまった。

しばらくの沈黙。やがて香田さんが意を決したように僕を見て言った。

「私も、プライベートのことで色々あって、あの日はミスした」

「……え?」

「撮影日、ディスプレイカットの商品を持って行き忘れたこと。あれ多分プライベートが原因だった」

「プライベートって、え、それは俺みたいなってことですか?」

「うん。そんな感じ」

「香田さんが悩むことなんかあるんですか、僕みたいなことで?」

「あるよ」

「どんな?っていうか聞いていいんですか?」

「んーなんか卑怯だなって思っちゃった。私だってダメなとこあるのに、牧野くんばっか全部ダメなとこさらけ出して、そこはダメだって言うの、フェアじゃないなって」

「……はぁ」

「すみませーん豆乳ラテ1つ、お願いします」

続く

マモル

マモルです。作品を見ること、作ることが大好きです。ちょっと気を抜くとすぐに、折り畳み傘に髪の毛がひっこ抜かれてしまいます。気を引き締めて毎日生きてます。生き急ぎ過ぎないように。

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