『くしゃみのふつうの大冒険』#28
光のしらべ
ある晩、フカチの森に隕石が墜ちました。
7ヶ月前にラジオ局「海鳥電書」 で、科学特捜研究所が「7ヶ月後に墜ちる」と予想していたあの隕石です。
しかし、そんな隕石のことなんて誰も覚えていませんでした。
はじめの10日間ほどは、フカチの森の誰もがみんな、天を見上げて指差しましたが、いまでは太陽が沈んでいくのと同じくらいにすっかり日常に馴染んでいました。毎晩いつも同じ時間に夜空を通過していくので、いまでは「もうこんな時間かぁ」と気づかせるだけの時計代わりになっています。
そんななか、くしゃみだけは、「お猿のパン屋」の看板に座って、毎晩訪れるこの数秒間の隕石の移動を7ヶ月間途切れることなく観察しつづけました。もちろん、店主のお猿には許可を得ています。週2でパン屋に通っているので、店主とは仲良しなのです。パンが直置きではないところが、なによりもお気に入りでした。
隕石がフカチの森に墜落するとき、くしゃみは、「お猿のパン屋」の看板の上で虫取り網を振り回していました。
隕石を取ってやろう、と思ったのです。
しかし、隕石は、くしゃみの頭上を通り過ぎて、波動も音もなにも立てずに静かに森に堕ちました。地面に窪みをつくることも、土をえぐって撒き散らすことも、木々の枝葉を揺らすこともありませんでした。
くしゃみが墜ちた隕石を発見したとき、それは地面から3cmほど浮いていました。また、巨大だと思っていた隕石は、まるでちいさな胡桃のようで、夜空にあったときのような煌めきもすっかり失われていました。より酷く例えるならば、食べ終わった梅の種をそのまま放置して干からびさせたみたいです。
でも、そんなことは関係ありません。
くしゃみは、隕石を手に入れたのです。
その頃、お家でお留守番中の子猫のちょうは、宝石のコレクションに見惚れていました。それらの輝かしい宝石はすべて、くしゃみが地下道で『月地底旅行』ごっこ中に見つけたものでした。
近頃、ちょうは、「輝くもの」に熱中しており、図書館で借りた『宝石図鑑(新訳版)』や美容雑誌『輝きを保つには』に読み耽っていました。まぁ、「読む」といっても、文字がなにかも知らないので、絵や写真を熱心に眺めているだけなんですけれどね。
ただ、そのことからちょうは、夜空に煌めく隕石を自分のコレクションのひとつにしたい、という壮大な野望を抱きました。そして、すぐにくしゃみを呼び出すと、彼に「隕石キャッチ」を命令しました。
さて、そんな子猫のちょうのもとに隕石を握ったくしゃみが帰ってきました。
ちょうが待ち侘びていた隕石です。くしゃみは、胸を張って誇らしげに、ちょうに隕石を差し出しました。これで任務完了です。
しかし、既に記した通り、大きく輝いていたはずの隕石は、乾いたちいさな胡桃のようだったので、ちょうは馬鹿にされているのかと思いました。
ちょうは、目の前に置かれた胡桃隕石を見つめると、それを玄関から泉の向こうにぶん投げました。
隕石は宙を舞い、ダンゴムシ夫婦が麓に暮らす岩の角にぶつかって、真っ二つに割れました。
次の瞬間、大きなため息のような音がフカチの森に響き渡り、辺りが白に眩しく輝きました。
ふたつに割れた隕石から、白い光が飛び出したのです。
光は、天を目掛けて真っ直ぐに伸びていきます。
絶えることなく溢れ出て、お兄さんのゴミの塔も超えていきます。
すぐに先が見えなくなって、止まっているのかもわかりません。
光は、地上と宇宙を結んだ1本の柱になりました。
くしゃみとちょうは、光の柱を見上げました。
くしゃみは、「任務完了」と思いました。
ちょうの開いた口からは、ちろちろヨダレが垂れています。どんな宝石よりも美しい「輝き」を手に入れてしまったのです。
しかし、喜びも束の間でした。
眩しくて眩しくてなかなか眠りにつけないのです。また、大量の虫が光の柱に寄ってきて、気持ち悪いったらありゃしません。
蜘蛛の奥さんと彼女の家族は、「タダ飯だぁ!!」と大喜びでしたが、いくら食べても新たな虫がやってくるので、すぐに飽きてしまいました。
ちょうも、「気持ち悪い」と毛を逆立たせ、外に顔すら向けません。
ということで、くしゃみは、ふたつに割れた隕石をお茶碗で隠しました。
すると、光の柱は一瞬で消えて、虫もお家に帰りました。
これでひとまず安心ですが、お茶碗のなかをチラッと覗くと、光はそこで膨張していました。
光はこれからどうなるか、どうすれば消せるのか。まったくもってわかりません。
困ったことになりました。でも、どうすることもできません。
「そのうちなんとかなるだろう」
くしゃみは、そう思わざるを得ませんでした。

作・絵 池田大空