『くしゃみのふつうの大冒険』#23
くしゃみの未来

ある日、アライグマくんは、古本市で購入した20年前の占い雑誌で自分の手相を調べていました。そして、自分の誕生日にあたる星座が当時1位であったことを森の皆に自慢していました。
くしゃみは、こんなアライグマくんのことが少し哀れに思えてきました。きっと、普段から幸せなことがないのです。嘘でも「それは良かったね」と、軽く微笑んでやりたくなります。
そんなくしゃみの気も知らずに楽しそうにしているアライグマくんは、くしゃみに手を出せと命令して、雑誌をパラパラめくりながら、勝手に手相を調べたり、星座占いをはじめました。
そして、アライグマくんがくしゃみに告げたその結果は、「きっと、あなたは20年後にひとりぼっちになるだろう」というものでした。
くしゃみは、占いというよりもどこか予言染みたその口調をあまり気に入りませんでした。
20年前の雑誌が示す20年後に起こる出来事は、いまのくしゃみに到来する何かしらを意味しています。
といっても、くしゃみは、「ひとりぼっちになる」ということがどういうことなのかを知っていました。そして、そのはじまりの合図ともいえる、学校の先生のある言葉をいまでもしっかり覚えていました。
それは、「猿たちにもわかるのかしらね」という言葉でした。
くしゃみがまだ学校にいた頃、ある年の夏の林間学校で山の宿屋に泊まったとき、くしゃみのクラスの男子部屋が野蛮な猿たちに荒らされました。
その地方に暮らす猿たちは、くしゃみたちの故郷に暮らす猿とは異なり、まったく知性を持っておらず、何万年も昔から進化することを忘れていました。
そんな生きもののいる場所に滞在するということで、事前授業では何度も何度も繰り返し、「窓には必ず鍵をかけろ」とキツく注意をされていました。
ただこのとき、窓閉め確認係の班長は、ヨダレを垂らして居眠りをしており、結果として自分の仕事を怠ることになりました。そして、既にはじめに記した通り、くしゃみのクラスの男子部屋は、野蛮な猿たちに荒らされました。
閉めていたカバンは無理矢理開けられ、中身は部屋中にばら撒かれていました。
お土産のお菓子もすべて食べられ、そこら中が泥や汚物でグチャグチャでした。
ところが、くしゃみのものは何もかも、まったく綺麗なままそこにありました。何ひとつとして汚されていなかったのです。
散々に荒らされた部屋のなかで、くしゃみのリュックだけが元の姿でそこにありました。
クローゼットにかけていた制服も、他の生徒のものは破られて床の上に重なっているのに、くしゃみのかけていたものだけは変わらずそこにかかっていました。
触れられた形跡もなければ、泥や汚物が偶然付いた様子すらありません。
そんな男子部屋を目にした担任の先生がボソッとつぶやいたひとり言が、「猿たちにもわかるのかしらね」でした。
くしゃみは、いまでもあの言葉の意味を考えることがありました。
「コイツを敵に回したらいけない」ということなのでしょうか、「コイツは仲間だ」ということなのでしょうか。
くしゃみは、当時、先生の微かなひとり言がはっきりと耳に到来したとき、それが「コイツは、他の山椒魚とは大きく異なる」という意味を示しているのだと思いました。
しかし、自分が他とは違うことが、一体猿と何の関係があるのでしょうか。
変わりもの本人ではなく、その所有物の放つ殺気が猿の悪さを辞めさせるのでしょうか。
くしゃみは、疑問に思いました。
くしゃみには、わかりませんでした。
ひとつわかることといえば、自分は何もしていないのに、被害に遭っていないというだけで「ひとりぼっち」になったということでした。
でも、くしゃみは、あまり気になりませんでした。それまで生きてきたずっとずっとが、元々「ひとりぼっち」だったからです。
アライグマくんがくしゃみのことを勝手に占ってから何百年も未来のこと、くしゃみは、本当に「ひとりぼっち」になりました。
くしゃみは、歳を取っていませんでした。
ハナカマキリのお嬢さんも、アライグマくんも、シマウマの娘さんも、猫のちょうも、もういません。誰もが皆、老いていって、死んでいってしまいました。フカチの森の生きものだけでなく、この大陸はおろか、惑星にいた誰もがです。
でも、くしゃみは、寂しくはありませんでした。
彼らがいたのはもう随分と遠い昔のことで、あまり記憶にないのです。もちろん、皆の存在そのものや彼らと過ごした時間があったことは、いまでも確かに覚えていましたけれどね。
そんななか、しっかりと覚えていることもありました。先生のあのひとり言です。
ただ、あれが何を意図していたのかは、やはりいまでもわかりません。
でも、野蛮な猿たちに部屋を荒らされたあの日から1,000年以上が経ったいまでも、「「ひとりぼっち」にはなったけれど、自分のものが汚されなくて良かったな」と、なんだか安心するのでした。
ママさんの洗濯物を増やしたくはなかったのです。
ただ、それだけのことなんです。
作・絵 池田大空