『くしゃみのふつうの大冒険』#05

お兄さんとゴミの塔

くしゃみは、頭を抱えていました。

ヤドカリは、その宿を誰から借りていて、いつになったらどこに返すのか、ということが気になって仕方がないのです。

しかし、くしゃみには、ヤドカリの友達も、ヤドカリを友達に持つ知り合いもいませんでした。

こんなとき、くしゃみが頼れるのは1匹しかいません。それは、くしゃみの実のお兄さんです。




くしゃみのお兄さんの家は、くしゃみの家の真逆に位置する、フカチの森のいちばん西にありました。といっても、暮らしているのは、投棄された冷蔵庫の中にある脱臭剤の空箱です。

お兄さんの体は、ゴムのようにボインッと伸びたり、グニンッと縮むことができるので、どんな狭いところにも入れてしまいます。それこそ、ヤドカリの宿にだって入れてしまうかもしれません。

くしゃみは、いつも、お兄さんの暮らす冷蔵庫をノックするのが、鼻がフゴッと鳴ってしまうくらいに楽しみでした。なぜなら、驚いたゴキブリやらゲジゲジやらがブワァッとうごめき、冷蔵庫のドアを押し開けて、次々に溢れ出てくるからです。

「これぞ、驚異の大スペクタクル!!」 くしゃみは、そう思っています。

今回、くしゃみは、いつも以上に気配を消して冷蔵庫に近づくと、いつも以上に大きくドアをノックしました。その結果といったら、もう大変です。なんていたって、虫嫌いなら誰でもみんな、失神してしまうかもしれないくらいの大迫力だったのですから。

さて、冷蔵庫から虫がみんな出ていくと、お兄さんの入った消臭剤の空箱が、最後にコロッと地面に転がり落ちました。

パカっと蓋が外れます。中に入っていたお兄さんは、箱から頭をブリッと出して、上半身をグニンッとひねると、箱の縁に手をかけて、突っかかった下半身をスポンッと取り出しました。

お兄さんは、脱臭剤の空箱を放っぽり投げると、くしゃみに駆け寄り、ギュゥゥゥゥウッとギュッと抱きしめます。




お兄さんは、やっとのことでくしゃみを放すと、「今日は一体どうしたのかね」と彼に用を尋ねたので、くしゃみは、早速、例のヤドカリについての疑問を投げかけました。

しかし、話し相手に良いというだけで、お兄さんに尋ねればなんでも解決、というわけではありません。実際のところ、なにも思いつかず、答えが出せないままのことがほとんどです。

今回のヤドカリについてのくしゃみの問いも、お兄さんには、ちんぷんかんぷんでした。

お兄さんは、うーんうーんとうなりながら、悩んで悩んで悩みつづけて、無意識のうちに周り落ちているゴミを次々と、手当たり次第に塔のように重ねていきます。

気づいたときには、お兄さんは、雲の上にいました。それにもう、すっかり夜になっています。

遠い地面を見下ろしても、くしゃみの姿はありません。数時間前に、下から「もう帰るね」という声を聞いた気もするにはしますが、お兄さんには、はっきりしません。

お兄さんは、ゴミの塔のてっぺんに腰をかけると、足をぶらぶらさせながら、「あら、なんて綺麗な夜景でしょう」と思っていました。

向こうに見える海の真ん中に、クジラが1頭来ています。

お兄さんは、クジラと目が合った気がしました。

しかし、きっと、クジラの方ではこちらのことを、「変な奴が変な塔から変にこっちを見ているぞ」といった程度にしか思っていないことでしょう。

クジラが、ブホゥッと潮を吹きました。しぶきが、星にまざって輝きます。

お兄さんは、夜空に手を伸ばしました。しかし、星から伸びる光にさえ触れることはできません。こんなに高いゴミの塔に、自分は腰をかけているのに。より低い位置にあがったしぶきは、星と共に輝いたのに。

お兄さんは、この不思議について、今度くしゃみに話してやろうと、どこか誇らしげに微笑みました。

つまり、結局、ヤドカリ問題は、未解決なのです。




作・絵 池田大空

『くしゃみのふつうの大冒険』
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