『くしゃみのふつうの大冒険』#01
失われた「熱」を求めて
くしゃみは、フカチの森のいちばん東にある泉に暮らしていました。
住み家としているのは、泉に沈んだロケットです。正しくは、そこにロケットが先にあって、あとから水が満ちていったのですが、それでもみんな「沈んだロケット」と呼んでおり、だれも「水に飲まれたロケット」とは呼びませんでした。
さて、ある日、くしゃみは熱をわずらいました。
連載初日だというのに鼻水もめまいも止まりません。
夏が終わり秋になろうとしているのにもかかわらず、昨夜、いつもなら腹巻をするところをまだ暑いだろうとおなかを出して寝てしまったのが原因です。
くしゃみは、来る日も来る日も泉にぷかぷか浮かんで体から熱を逃がそうとしました。
くしゃみの熱はとても高く、ロケットの部屋の隅に住んでいる蜘蛛の奥さんが「そのおでこで目玉焼きを焼いてもいいかい?」と尋ねてきたほどでした。
くしゃみは、「体から出ている熱と光や火にあたって出る熱はまったくちがうものなんだぞ!!」とうなりながらも説教をたれて、川辺の御影石の方がお日様にあたっていて熱いはずだと蜘蛛の奥さんに伝えました。そして、しっかり靴を履いていくことも忠告しました。足の裏が焼けてしまっては困りますからね。
くしゃみは連日熱にうなされて、右手の短い指たちをすりすりすりすり擦り合わせていました。熱が出るとちいさかった頃のことを思い出すのです。それは、人生で一度だけした火傷のことでした。
くしゃみとくしゃみママさんは、お昼ごはんにホットケーキを焼いていました。そして、くしゃみは、まだこんがり焼ける前のやわらかい生地にスライスしたバナナを入れようとして、指先に軽く火傷をしてしまったのです。
くしゃみは、泣きませんでした。偉い子です。「あっ!?」と声をあげるだけで、すぐに指を氷で冷やすと「これでセーフだね」とママさんに微笑みました。
それから数日間、くしゃみは指の皮がぺろぺろぺろぺろ剥がれてしまうのが気になって、指の先をすりすりすりすり擦り合わせつづけました。
そのせいでくしゃみの指は、火傷の時よりも赤くなってしまい、いつも軟膏をベタベタにぬっていなくてはならなくなったんですよ。
ホットケーキといえば、くしゃみは火傷をした頃に学校のお遊戯会で『ガイコツザウルスのホットケーキ』という劇を披露しました。
骨のような見た目をしている恐竜のガイコツザウルスが、彼のことを怖がる森のみんなと一緒にホットケーキを食べようとする物語です。
くしゃみは、犬の役でした。野犬です。
「わおーん、わおーん、こりゃあ、うまそうなホットケーキだぞ!!」と「うわぁっ、ガイコツザウルスだ!?」というのがくしゃみのセリフでした。
次のお遊戯会では、くしゃみは王様の役をしました。
『“不運”な王様』という作品で、いじわるな王様をこらしめようとした村人たちが、さまざまな“不運”な出来事に王様をおとしいれる物語でした。村人たちは“不運”に見舞われた王様をやさしく救う演技をすることで彼の心を入れ替えさせようとするのです。
くしゃみは、最後の場面をいまでも覚えています。「あぁ、わしはなんて嫌なやつだったんだろう!! みんな、わしを許しておくれ」と泣いて泣いて土下座をするのです。
その次のお遊戯会では、題名はすっかり忘れてしまったのですが、くしゃみはドアの役でした。ダンボールでつくったドアを持って、床に足をドンッとおろすと、ドアの張り紙に書かれた言葉を読み上げるのです。
ドアに隠れて自分の姿など見えやしません。
それでもくしゃみママさんはお遊戯会に来て、くしゃみの場面をしっかり見ていたんですよ。いまでもたまにその時のことを思い出すと、「あんたのドアがいちばん声が通ってたよ」とうんうんうなずくほどです。
くしゃみはママさんの言葉が嬉しくて、「学校での思い出」を描く学期末の課題では、ドアを持つ自分の絵を描きました。それに、画用紙いっぱいにドアさえ描いてしまえばほとんど完成でしたからね。
そんなことを思い出していたら、くしゃみの体調も良くなってきました。
楽しいことを思い出すといまもなんだか楽しくなって、つらいことなど忘れてしまうのかもしれませんね。
くしゃみは、まだ少しくらくらする頭を上げて、ぐっと身体を伸ばしてみました。すると、元気な身体を歓迎するかのようにおなかがぐぅ〜と鳴りました。
どこからかホットケーキのおいしそうな匂いがしてきます。蜘蛛の奥さんが川辺の御影石で焼いてきてくれたのです。
みなさんは、蜘蛛たちのホットケーキはくしゃみには少々ちいさいんじゃないかと思うかもしれませんね。もちろん、いつもであればそうだったかもしれません。ですが、病み上がりのくしゃみには、これがちょうど良い量だったんですよ。
作・絵 池田大空