「これ、あの人の飲み残しと一緒に捨てとくね」

「あの人、大学を卒業してバーテンになったらしいよ」

社会人になってから、サークルを引き継いでくれた人たちの間で
そんな噂が生まれていることを耳にした時は、
腹の底から笑ったし、変なことがあるもんだなぁと思った。

もちろん、私がバーテンとして働いていたことは一度もない。
でも事実無根と言い切ることも出来ないのだ。


元はと言えば19歳の頃、地元のココスで
「誰でも1日店長が出来る面白そうなイベントバーを知った」
と言うパートナーに
「じゃあずっとやってみたかったイベントあるんだけど一緒にやらない?」
と返したのが、この噂の始まりだ。

私がずっとやりたかったこと、
それは「みんなが順番に自分の好きな曲を流していく」イベントだった。

そのニーズが「会場だけ見つけたけど何やろう」というパートナーと合致し、
我々は年に何度か、バーカウンターの内側に立つようになったのである。


小学生時代。
私が音楽を聴くことにつむじからのめり込んでいった頃、
同級生はほぼ全員AKBか嵐かEXILEを聴いている、ように見えていた。

私はタテタカコ、YMO、レディーガガや、ポルノグラフィティが好きだったので、
ずっと大好きな人たちの作る音楽が否定されない場が欲しかった。

評価も評論もいらないから、ただみんなに聴いてほしい。
もっと言えば、同じような気持ちの人が好きな音楽を、私も聴きたい。
そういう往年の願いが叶うイベントが出来たら、どうなっちゃうんだろう!?

……。
付き合っている人がココスのカリカリポテトを貪りながら、
こんな話を一心にまくしたて始めたらどうだろうか。
ここで「怖」と言い放たない相手がパートナーで良かったと今も思う。


最初の内、酒を勘で作っていた未成年2人は3回の開催を経て成人し、
そろそろ4回目やろうかと言っている内に世の中では疫病が流行、
2年前に会場とイベント名を変え、つい先日6回目を迎えた。

気が付けば駆け出しから5年経っていたが、
今でも大人の余裕が醸し出せないので、今回も何度となく
「大丈夫か!手伝おうか!」とお客さん役の友人たちに言われ続けていた。
噂を立てた人に申し訳ないくらい、バーテンとしてはへっぽこである。

久々にカウンターに立ってみて、
友人の話を聞きつつ煙草代わりのココアシガレットを噛み砕きながら
「なんだか今すごく自由な自分がいるな」と思った。

昨年の後半、こんなことを書いていたように
なんかもう最近は、余計な自意識で内面が雁字搦めなのだ。

人のことを考えているようで、
結局は嫌われたくないだけで本質的な思いやりに欠けていること。

どんな時も他の人からの評価に存在意義を見出してしまったせいで、
本当に1人になった時、足場が何もなくて真っ逆さまに落ちてしまうこと。

自分のため「だけ」に努力してきた時間が、
取り返せるか危ういほど足りないこと。

挙げればきりがないが、
そんな捨てたくても捨てられない、自分の未熟さの数々に
匙を投げないように、今は踏ん張って、
鼻水出しながらじりじりと前に進む時期。

でもずっと自分がやりたかった枠組みを信頼できる人と守ってきて、
そこに大好きな人たちを呼んで、いい音楽をかけ続け、
言葉にはならない大事なものをカウンター越しに沢山分けてもらう時間は、
そんな煙たい空気を一瞬、自分の中から押し出してくれた。

きっとここに来るまでの6回はすべて自分にとっては珍しく、
とても誇るべき我儘な時間だったのだ。きっと。
その我儘に付き合い続けてくれている人たちがいることの、なんと贅沢なことか。

5年も経てば当然環境も大きく変わり、
久々の開催ならではの避けがたいトラブルもあったので、
必ず近いうちにまた、あの場に向けて準備しよう。

そうやってこういう我儘な贅沢を続けていれば、
カウンターの中から見えた一瞬の煌めきが少しずつ日常に尾を引いて、
いつか捨て去りたいこの不快な弱点たちを
どこかに置いて来ることが出来るのかもしれない。


「知り合いがついにあの人の働いてるバーに行ったら、
なんかあんまり格好良くはなかったけど、
とにかくバーテン2人してすげえ楽しそうだったらしいよ」

という噂が出回るまでは、続けられればと思う。


鹿の子

かのこと言います。最近は夢中になって人の写真を撮っています。音楽やチョコミントアイスが好きな人、ぼーっとしてるとなんか考え事をしちゃう人は気が合うかもしれません。そうでない方とも、仲良くなれたらとても嬉しいです。よろしくお願いします。

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