『くしゃみのふつうの大冒険』#22

あなたといきたい




ある朝、くしゃみのお兄さんは、遠くに住むゾウのお嬢さんが鼻を鳴らすのを聞きました。

それは、「パオーン、パオーン、パプッ、ピポッ」とラッパのように高い音で、「いますぐ集合」というお兄さんへの合図でした。

お兄さんがゾウのお嬢さんの家に行くと、彼女は机にうつ伏せになって、声をあげて泣いていました。

どうやら恋人と別れてしまったというのです。




ゾウのお嬢さんの恋人というのは、くしゃみが以前発見した、あの新種の生きもののことでした。

ゾウのお嬢さん曰く、ラジオでくしゃみの目撃談を聞いたその翌日に、川辺で偶然出会ったそうです。

新種の生きものは、ラジオ内でくしゃみが勝手に命名したのですが、「ヘイクシュン」という名で知られていました。といっても、「第1発見者であるくしゃみが、名前をつけることができたら?」という質問をされた直後に、クシャミをしてしまっただけなんですけれどね。

それはともかく、ゾウのお嬢さんがヘイクシュンと出会ったとき、彼はげっそり痩せ細っており、いまにも餓死寸前といった姿で川辺にポツンと横たわっていました。

そんなヘイクシュンの周りには、カラスのサーカス団が群がっていましたが、「不味そうだから」という理由で突かれることも嗅がれることも何もされず、随分と距離を置かれていました。

ゾウのお嬢さんは、そんなヘイクシュンに近づいて、軽々肩に担ぎあげると、自分の家まで連れていき、ラザニアとにんじんの冷スープをたらふく食べさせてあげました。

ヘイクシュンは、どこか泣き出しそうな顔をしながら、「美味しい、美味しい」と食事をしました。

そして、少し落ち着きはじめると、自分が科学特捜研究所から来たことをゾウのお嬢さんに伝えました。お昼ごはんがあまりにも不味くて、逃げ出してきたというのです。




ヘイクシュンは、くしゃみに発見されるずっと前から、科学特捜研究所に「新種」として保護されていた研究対象生物でした。

行われていた研究では、身体機能やその質をはじめ、五感や感情、食事に排便、何から何まで徹底的に調査が繰り返されました。

そんな研究所のお昼ごはんは、いつも、サンドウィッチと決まっていました。

サンドウィッチの具材は主に、レタス、チーズ、ハム、トマト、ピクルス、パンに塗る用のバターとマヨネーズ、そして、マスタードとケチャップです。

しかし、それは、はじめの1ヶ月半だけのことで、日に日に具材は減っていき、最後にはハム1枚とマヨネーズだけになりました。

このマヨネーズも酷いもので、それだけでチロッと舐めれるような美味しいソースなどではなく、液体感がとても強いギトギトした油でした。

薄いハム1枚が挟まっているだけの油を塗った2枚のパン。

それはもうほぼ、パンです。

ちなみに、夜ごはんには、ヘイクシュンの故郷の料理が出てくることもありました。

科学特捜隊の研究主任と厨房のおばちゃん料理長が、「恋しいだろう」と気を使って、ヘイクシュン本人から作り方を訊いたのです。

ところが、出てくる料理はどれもすべて、故郷のものとは似ても似つかず、ヘイクシュンには、お世辞にも「美味しい」とは言えませんでした。

申し訳ないので、「ありがとう」と微笑むことはしましたけれどね。




ゾウのお嬢さんは、この約2ヶ月間、ヘイクシュンと暮らしていました。

しかし、今朝になって起きてみると、彼の姿はどこにもなく、机の下に手紙が1枚落ちているだけでした。

そこには、たったひと言、乱雑に、「地球(テラ)で」とだけ書いてありました。

「地球(テラ)」とは、海の向こうにあるという、ヘイクシュンの故郷でした。少なくとも、ゾウのお嬢さんは、彼からそのように聞いています。

そのとき、科学特捜研究所の研究員たちが、家の玄関をノックしました。

彼らは、「「ヘイクシュン」という名で知られている生きものを探している」とゾウのお嬢さんに尋ねましたが、彼女はとぼけてみせました。ヘイクシュンが残した手紙を、大きな耳の下に隠して。




ということで、この朝、ゾウのお嬢さんが、くしゃみのお兄さんを呼んだのは、「地球(テラ)」までの旅に同行し、そこで一緒にヘイクシュンを探してほしいからでした。

お兄さんは、特に予定もなかったので、ひとつ返事で承諾しました。




ゾウのお嬢さんとくしゃみのお兄さんは、お兄さんが以前築いたゴミの塔からボートを取り出し、お菓子とトイレットペーパーだけを積んで、海の向こうへ旅立ちました。

しかし、その4日後には、お兄さんだけが空になったお菓子の袋を風に乗せて、フカチの森に帰ってきました。

ゾウのお嬢さんには、「今日は、お風呂を洗う日だった」というように伝えましたが、本当の理由は、彼女のいびきに耐えられなかったからでした。それに、大きな彼女が乗ったボートは、まったく前に進まないので、すっかり気が滅入ってしまったのです。

といっても、ゾウのお嬢さんの方でも、いつまでつづくかわからない旅に彼を安易に誘ってしまったことを、少し後ろめたく感じはじめていたところでした。なので、これはこれで良かったのかもしれません。

ゾウのお嬢さんとヘイクシュンが、再び出会えるその日が来るのは、まだまだ先になりそうですね。





作・絵 池田大空



『くしゃみのふつうの大冒険』
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