『くしゃみのふつうの大冒険』#11
コップの底の不思議なホコリ

くしゃみは、コップの底に溜まったホコリをじっと、じっと、じっと観察していました。
そして、「なんてこった」と驚愕しました。
くしゃみは、この7年間という長い期間、ある実験をしていました。
それは、コップの口を上に向けたままにして、その中にホコリを溜めていく、というものでした。
くしゃみは、7年前のある日、随分と前に熱中していた油絵具とちいさなカンバス、そして筆を濡らすための水を入れるグラスのコップを物置き部屋の中で発見しました。
油絵具とちいさなカンバスは、そこから1mmも動かしたくないほどに、綿ボコリと砂ボコリにまみれていました。まるで、ついさっき、砂漠から掘り出したばかりのように真っ白です。「うわぁ…」と漏れたくしゃみのちいさなため息だけでも、ほわっと舞ってしまいます。
ところが、グラスのコップはというと、そこまで汚れていませんでした。コップの底にたった3mmほどのホコリが溜まっているだけです。
くしゃみは,とても不思議に思いました。
コップの底に溜まるホコリは、一定の量を超えるとそれ以上は積もらないのでしょうか。
他のガラクタには、こんなにホコリが被っているのに、なぜコップはホコリで溢れていないのでしょう。
くしゃみは、頭を抱えました。
コップに溜まるホコリの不思議が気になって仕方がないのです。
くしゃみは、コップいっぱいにホコリを溜めてやろうと決意しました。
つまり、すでに数年分のホコリが溜まったそのコップを、そのまま物置き部屋に置いておくことにしたのです。そして、今後7年間は、できる限りホコリを溜めるために、物置き部屋の扉は絶対に開けないことにしました。つまり、一切の掃除を断念したのです。
ところが、7年後の現在、コップの中のホコリの量は、あまり変わっていませんでした。
しかし、それとは対照的に他のガラクタは、信じ難いほどホコリだらけで、まるで巨大なホコリの塊がそのものの形に彫刻されているかのようでした。
くしゃみは,頭を抱えました。
この7年の実験は、一体何のためにあったのでしょう。できることならいますぐにでも、この部屋を丸ごと1度に捨ててしまいたいほどです。
くしゃみは、すぐにオオカミの旦那を呼びました。
旦那は、若かりし頃、嘘か誠か、吹いた息でレンガの家をも吹き飛ばしたそうです。それが事実であるのなら、ホコリなんて屁のカッパでしょう。
オオカミの旦那は、久しぶりに頼りにされて、ウキウキでした。
というのも、いつも求められている以上の力を発揮してしまい、別の問題を引き起こしてしまうので、ここ十数年もの間、誰からも声をかけられなくなっていたのです。
別の問題というのは、例えば、雨雲を飛ばすだけで良いのに、太陽の火を吹き消しそうになるようなことでした。旦那は、頼りにされると嬉しくて、嬉しくて、仕方がなくなってしまうのです。
ということで今回も、オオカミの旦那は、くしゃみの物置き部屋を目にすると俄然やる気を出しました。そして、ホコリは吸いたくないので、1度家の外に出るとそこで勢い良く息を吸いました。
十数年ぶりの依頼です。このままでは破裂してしまうのではないかというくらいに、旦那の胸が大きく、大きく膨らみます。
さて、オオカミの旦那が吹いた息ですが、フカチの森だけでなく大陸全土に渡って、地響きや津波などの天変地異を引き起こし、とうとう「最後の審判」のときが訪れたのかとすべての生きものに誤解をさせました。
物置き部屋のホコリはというと、宇宙にまで飛ばされて、いまではすっかり星と共に光り輝いています。
また、そのホコリには、部屋に仕舞われていたガラクタも混じっていました。つまり、それらはすべて、旦那の吹く息で木っ端微塵に粉砕されてしまったのです。
油絵具やカンバスも、それに約10年分ものホコリを溜めたコップも、その名で呼ばれる姿はもうありません。
ということで、くしゃみの家の物置き部屋は、“本当に”すっかり綺麗になっていました。
くしゃみは、天変地異のことなど知らず、一瞬のうちにホコリを吹き飛ばしたオオカミの旦那の力に興奮し、また掃除の手間が省けた喜びを抑えきれずに、ぴょんぴょんぴょんぴょん飛び跳ねました。そして、ヘロヘロと床で仰向けになっているオオカミの旦那に飛びつき、こう言います。
「ありがとうっ!!!! おじさんって、最っ高!!!!」
それにしても、物置き部屋そのものは吹き飛ばされることなく、なんのちいさな破損もなしに、そのまま残っているのだから驚きです。
さすがは、オオカミの旦那。腕が違います。
「プロフェッショナル」とは、こういう職人のことをいうのでしょうね。

作・絵 池田大空