『くしゃみのふつうの大冒険』#24
ちょうのふつうの大冒険

ある日、子猫のちょうは、泉の横の岩に寝転がって、はちみつレモン茶を嗜んでいました。
くしゃみは、月見台(つきみだい)の麓にあるお菓子屋さん「榎本の好きなもの」へ再び大散歩へ出かけています。昨夜、眠りにつく直前にちょうから「忘れていると思うなよ」と鋭く念を押されたのです。
この日は、太陽がこれでもかというほど煌めいて、岩の上のちょうのお腹もすっかりポカポカ温まっていました。
キンキンに冷えたはちみつレモン茶を口にすると、喉を伝ってお腹に広がるのがわかります。
泉を撫でた涼しい風が、口と鼻先についたはちみつレモン茶を乾かします。
すると、どこからともなくたんぽぽの綿毛が飛んできて、ちょうのベタついた鼻先にくっつきました。
ちょうは、仰向けに寝転がったままで綿毛を取ろうとしましたが、前足が短くて届きません。背中が丸まってしまうだけで、ゴロゴロ転がってしまいます。
尻尾をふんっと伸ばしてみても、綿毛に少し触れる程度で鼻がモゾモゾ痒くなります。
ちょうの鼻がぴくぴく上下して、ふたつの穴が膨らみました。そして、「えくちゅっ!!」。大きなクシャミをしました。
すると、たんぽぽの綿毛が鼻から離れて、ふわふわ宙を漂うと、ちょうの目と鼻の先を通過して地面に優しく乗っかりました。
ところが、ちょうの顔はいつの間にか、落ち葉まみれになっていました。クシャミで舞い上がった落ち葉たちが、ベタベタな顔に寄ってきたのです。
ちょうは、顔についた落ち葉たちを取り払おうとして、頭をふんふん振りました。
しかし、何としぶとい奴らでしょう!! カサコソカサコソいうだけで、一向に離れてくれません。
反対にちょうが動けば動くほど、静電気が立ちはじめ、地面に落ちている他の葉たちまでも1枚1枚引きつけます。
ちょうは、すべての元凶であるたんぽぽの綿毛を睨みつけました。そして、そいつを叩いて、叩いて、叩いて、叩いて、叩きまくりました。
すると、ちょうのいる岩の麓あった石の裏から老いぼれダンゴムシが現れて、「虫んちの前で何騒いでいんだぁ!!」と怒鳴り声を上げかけましたが、ちょうの姿を目にした途端、「きゃっ!?」とちいさな悲鳴を上げて家のなかへ戻りました。
落ち葉まみれのちょうのことを、ライオンだと勘違いしたのです。
老いぼれダンゴムシは、石の裏に戻るとそのままベッドに横たわり、そのあと約5ヶ月間もの長い期間ずっと丸まりつづけました。
老いぼれダンゴムシの奥さんは、彼の帰りを待ちつづけました。
奥さんは、丸まる夫に寄り添って、冬に備えてセーターを編みました。思い出話を語って聞かせ、1匹で静かに微笑みました。
約5ヶ月後、老いぼれダンゴムシの体は開きましたが、彼はそのままベッドの上でずっと仰向けに固まっていました。声をかけたら返事はしますが、「はい」か「いいえ」の会話しかできません。
奥さんは、「これなら丸まっていたままの方が楽だったな」と夫の横で丸まりました。
老いぼれダンゴムシが「正常な」ダンゴムシとして奥さんの前に帰ってくるのは、あと2年と3ヶ月後のことでした。
くしゃみが大散歩から帰ってくると、ちょうは泉に浮かんでいました。
濡れてしまえばはちみつも取れて、落ち葉も離れていくと思ったのです。
しかし、結果は逆効果で、はちみつは粘り気を微かに回復させ、落ち葉は体にまとわりつきました。
汚いちょうは、くしゃみの帰った音が聞こえると、ビショビショのまま彼に駆け寄って、腕に抱えられていたお菓子屋の紙袋に跳びつこうとしました。
しかし、ジャンプ力がまったく足りず、落ちた先はくしゃみの両手の上でした。
くしゃみは、はじめの一瞬は微笑ましく思いましたが、ちょうの体があまりにもクチャクチャしていたので少し気分が下がりました。
排水溝に溜まった髪の毛を両手に乗せられたような気分です。
ということで、くしゃみは、すぐにちょうをお風呂に入れました。
ちょうは、くしゃみにシャンプーをしてもらっている間、杏仁豆腐のことだけを考えていました。そして、いつの間にか眠りに落ちて、今度は、泉いっぱいの杏仁豆腐で泳いでいる夢を見ました。
もちろん、くしゃみの買ってきた現実の杏仁豆腐は、冷蔵庫のなかで涼みながら夕食後のデザートとして食べられるときを待っています。
もっとも、子猫のちょうには、食べる順番など関係のないことなんですけれどね。

作・絵 池田大空