神木隆之介主演・朝ドラ『らんまん』感想レビュー|第4週『ササユリ』〜自由ゆうがは何じゃ?〜
第4週『ササユリ』(4月24日~28日放送)
ときめきポイントde振り返る1週間!
◆カリスマ、早川逸馬(演:宮野真守)登場!そのエネルギッシュさ、パワー、豪快さ、どれをとっても魅力的!!「この人についていけば自由を手にできる!」と信じられるような力があります。
◆幸吉(演:笠松将)の畑仕事をする姿、汗を拭ってもらう姿に胸キュン!しかし、綾(演:佐久間由衣)の気持ちを思うと切なくて胸がギュン……。
◆切ないと言えばこの人、竹雄(演:志尊淳)。綾を見つめるその目・表情、これまた胸が苦しくなります……。
◆竹雄、綾、そして万太郎(演:神木隆之介)が本心を必死に抑えようとする姿が苦しかった第4週ですが、その「諦め」の行く末を知る者として中濱万次郎/ジョン万次郎(演:宇崎竜童)も登場。渋イケオジにときめいた方も多かったと思いますが、また出会えるのでしょうか……?
第4週レビュー:〜自由ゆうがは何じゃ?〜
自由を求め叫ぶ男と、自由を憎む男。
一見正反対に思える二人は「自由」を通して繋がっている。
「自由ゆうがは何じゃ?」(万太郎)
万太郎のその問いは、簡単に答えが出せるものではない。
植物学の道に進みたいが、峰屋の当主として生きることを求められる万太郎。
酒造りに邁進したいが、酒蔵に入ることさえも許されない綾。
立場の違いから、綾への恋心を伝えられない竹雄。
「奉公」は昔の言葉となり、自由恋愛が当たり前となった現代を生きる私たちからすれば、三人を縛るものは重く、自由からは程遠い。その鎖を引きちぎり、自分の願いを叶えてほしいと思いながら三人を見守っている視聴者も少なくないのではないか。
そんな三人は、自由民権運動と出会う。
高らかに人民の権利を主張し、自由を叫ぶ男・早川逸馬。
女性にも政治に参加する権利を求める、楠野喜江(演:島崎和歌子)。
生き生きと自由民権運動に参加する高知の人々。
そして、自由を憎む男・ジョン万次郎こと中濱万次郎。
「例えば 志と才がある者やったら 氏・素性にかかわらんと 家柄や国も飛び越えて 望む者になれる。この日本国を丸ごと統べる者にもなれるとしたら?」(早川逸馬)
逸馬の夢見る「自由」は、国の在り方をも変えるような自由。当時の感覚で言えば、万太郎が「おとぎ話」と口にしてしまうほど壮大な話だが、その根幹には「個人の自由」がある。
例えば「植物を研究したい」「もっと良い酒をつくりたい」という志。英語や写生の才能。酒の味が分かるという才能。その志と才を生かしたいという願いこそ、個人の自由を渇望する気持ちそのものだ。
一方、万太郎たちの求める自由を阻害するのは、家柄など社会的な壁。「個人の自由」と「政治・社会における自由」は切っても切り離せない関係にある。しかし、それは単なる制度の話ではない。
「若はわしらを見捨てるのか」と竹雄が万太郎へ迫ったように、綾がタキ(演:松坂慶子)への恩を語るように、そこには常に「人の思い」がある。
また、万太郎は峰屋の当主だからこそ金銭的に困らず植物へ没頭することができ、綾は酒造りに出会い携わることができている。
「自由」という言葉は軽やかで眩しいものに見えるが、その内実は複雑だ。
故に彼らは葛藤する。
峰屋の人々が大切だから、タキが大切だから、綾が大切だから。
大切なものが在るからこそ自分を押し殺そうとする。しかし、自分の志も才能も等しく大切なものなのだ。
「わしにとって自由とは 海で見た夢そのもの。命そのもの。じゃけんと 自分で捨ててきてしもうたがよ」(中濱万次郎)
一度自由を知ったからこそ、自由が手の届かないものとなってしまった苦しみは凄まじい。しかし、中濱は全てを諦めたわけではない。いつか再び海へ出ることを願い続け、それが叶わなかった今でも、逸馬たちに力を貸すことで自由へと手を伸ばし続けている。
それほどまでに人を魅了する「自由」とは、一体何か。
万太郎たちにとって「自由」を考えることは「自分はどう生きるのか」を問い直すことでもある。
自分の欲する「自由」を自覚した万太郎が、どうやって自由への道を切り拓いていくのか、期待しながら見守りたい。
「自由とは何か」という問いを、彼らと共に抱きながら。
kikusuku編集長のひなたです。演劇とテレビドラマと甘いものと寝ることが好き。立教大学大学院 現代心理学研究科・映像身体学専攻・博士前期課程修了。