田邊(演:要潤)の死から何を思う?万太郎(演:神木隆之介)と寿恵子(演:浜辺美波)が「ノジギク」に込めた思いとはーー朝ドラ『らんまん』感想レビュー【第21週】
第21週『ノジギク』(8月21日~25日放送)
第21週レビュー 〜優劣の先へ〜
「今度の植物採集の時に、菊を取ってきてくれませんか」(寿恵子)
寿恵子(演:浜辺美波)は、お金の工面をするために働き出した叔母・みえ(演:宮澤エマ)の料亭で、菊くらべの催しが行われることを知る。一等に選ばれた菊は、岩崎弥之助(演:皆川猿時)が500円で買い取るというのだ。
寿恵子は「こんなことをお願いしていいのか」と躊躇いながら、万太郎(演:神木隆之介)に菊くらべに出す菊の採集を頼む。寿恵子自身は父の形見である里見八犬伝を質に入れながら、それでも万太郎の信条に反するであろうお願いに葛藤していた。
「すえちゃん。わし取ってくるき。草花に優劣をつけるがは性に合わんけんど、それが金になるがやったら」(万太郎)
家に八犬伝がないことに気が付いた万太郎は、質屋に八犬伝を取りに行った後、寿恵子にこれまでのお金の苦労を詫び、菊を取ってくることを約束する。
万太郎にとって植物が大切なように、寿恵子にとって八犬伝がどれだけ大切なものであろうか。
二人は、自分にとってかけがえのない「大切」があるからこそ、相手にとっての「大切」がどれだけ大きなものであるのか、その重みが分かる。万太郎と寿恵子は、愛する人にとっての「大切」を守ろうと奮闘していた。
「すえちゃん、これだけは手放さんといてくれ。これはすえちゃんにとって大事なものやき」(万太郎)
植物採集に出かけた万太郎は、寿恵子のため「ノジギク」という日本原種の菊を取ってくる。目を見張るほどの派手な美しさは持たないが、日本で唯一形を変えずに生き続けてきた菊であった。
「どちらの菊にも優劣はございません。ですが、ノジギクとこちらの菊たち、共に揃えば、大陸と海、それから幾星霜(いくせいそう)に渡る日本の人々の創意と工夫に、思いを馳せることができましょう」(寿恵子)
【※筆者註 ……「幾星霜(いくせいそう)」とは、苦労を経た上での長い年月のことを指す言葉】
寿恵子は、万太郎の想いと共に、ノジギクをお披露目する。例えお金のために菊くらべに参加しても、万太郎は「植物に優劣はない」という信条を変えることはない。むしろ優劣を越えて、草花をきっかけとし、時の流れや人々の歴史、思いに目を向けることを志すのだ。
「みんなあに花を愛でる思いがあったら、人の世に争いは起こらんき」(万太郎)
人は何かと比較をし、優劣をつけたがる。この社会を生きていく上で競争から逃れることは難しいかもしれない。料亭で働く者は芸者より目立ち過ぎてはいけないし、植物の研究をするにも大学では学内政治に巻き込まれてしまう。
それゆえ人は、勝手に憶測する。田邊(演:要潤)の事故死の背景に、競争に負けたことを結びつけて考えてしまう。しかし、人が生きているのは競争の世界だけではない。
「旦那様ね、生きようとされていたんですよ。私と、子どもたちと、それからこの子と。これから思う存分、生きようとされていたんです」(聡子)
万太郎は田邊の妻・聡子(演:中田青渚)を通し、田邊の蔵書を受け取る。田邊は生前、穏やかな顔で自分の蔵書を万太郎に譲りたいと話していたのだという。それは田邊の植物学への思いそのものであり、万太郎への思いでもあるだろう。
田邊から託されたバトンは、人々が花を愛で、自然の力や歴史に思いを馳せることと通じ合っている。二人だけではない。寿恵子はみえから働き口をもらい、岩崎は300円でノジギクを買い取る。徳永(演:田中哲司)は万太郎を再び大学へ呼び寄せる。
花を愛でるように、人から人へ愛が渡されていくこと。何かを愛するとは、人が持つ最大の強さではないか。
「何よりも、この国の人らあには、そこまでして花を愛する心があるがじゃ言うて、胸が熱うなるじゃろう?」(万太郎)
そうして渡された「愛の花」は、誰かの胸を熱くする。そのバトンは、まるでノジギクのように、幾星霜に渡って繋がり続けていくはずだ。
kikusuku編集長のひなたです。演劇とテレビドラマと甘いものと寝ることが好き。立教大学大学院 現代心理学研究科・映像身体学専攻・博士前期課程修了。