大人と子どもの間、背伸びの旅

たったひとりで、上空にいる。

あたりを見渡せば人はいる。たくさんいる。
けれど、今ここに私を知っている人は誰ひとりいないし、私が知っている人も誰ひとりいない。
「ウォークマン、使っていいんだっけ。電波とか大丈夫かな。」
こんな些細なことを気軽に聞ける人はもちろん隣にいない。

見知らぬ人達と共に、私はひとりで、大きな翼で空を駆け巡るこの巨大な機体に身を預け、どこか遠くへと向かっている。
高揚感と期待感、それなりの不安が入り混じった、今までに味わったことのない感情ごと乗せて。

手持ち無沙汰に空を眺めていると、綺麗な制服を身に纏った女性が私の元へやって来た。
「何か困ったことがあったら、なんでも言ってくださいね。」
どうやら離陸前に両親が、子どもが一人で乗ることを伝えていたようだった。心配無用なのになぁ。

ヘビロテしていたお気に入りのアルバムを2周することなく、目的地に到着した。
事故に遭う事もなく、誰かに頼ることもなく、無事に空の旅を終えられてホッとする私。

預けていた荷物を引き取り出口に向かうと、ようやく知った顔が2つ見えた。
「よく来たね~!」と笑顔で私を出迎えたのは、母方の祖母と叔父。


そう、私は遠くに住む親戚に会うために、初めてひとりで旅に出たのだ。
犬が遠出嫌いなことや姉が部活動に励んでいること、家族みんなで帰省できない理由は様々思い当たるが、肝心のわざわざひとりで行く決断をした理由はすっかり忘れてしまった。

両親や久しぶりに会う親戚に成長を感じてほしかったのか。
はたまた、自分がどこまでやれるのか技量を測るためだったのか。
どちらにしても、両親の目を盗んでアレコレやり始めるお年頃なりの、精一杯の背伸びである。


祖母宅に行くと、見慣れないこの顔を不審そうに見つめる、小さな女の子が私を出迎えた。
初めて会う、1年半前に生まれた従姉妹だ。
年が離れた従姉妹の誕生には随分と喜んだけれど、赤ちゃんとの接し方を心得ておらず、触れるだけでも緊張が走った。

よそ者を見る目を向けられ続けるのは嬉しくなかったが、ここは「わかるよ。知らない人、最初は怖いよね」と物分かりの良いお姉さんの顔をして、適度な距離を探りながら接していった。


数日間、母方の親戚と過ごし、次は父方の親戚に会いに行く。

ひとりで電車に乗り、父方の祖父母宅へと向かう計画だが、都内にもひとりで出かけたことがない私は果たして、土地勘のない場所で間違わず電車に乗れるのか。迷子になったり、拐われることもなく、無事にたどり着けるのか......そんな不安を抱いていたが、どの電車に乗るか父と打ち合わせていたおかげで、迷子になることなくサラッと乗り継ぎ、あっという間に祖父が待つ駅へとたどり着いた。
迷わないどころか、乗り換えの駅で見かけた蒸気機関車を写真に収める余裕っぷりすらも発揮できた。
家に帰ったら父に見せよう。

厳格そうに見えて物腰の柔らかい祖父母との会話は、主に学校や部活動、将来のこと。
お土産で持って来たお菓子を一緒に食べながら話していると、3つ年下の従兄弟と叔母がやってきて、そのまま一緒に夜ご飯を食べに行き、夜は従兄弟の家に一泊する。

叔母の車の中では、小学校での日常生活や好きな子とのやりとりを無邪気に教えてくれる従兄弟の話に、適度な相槌を挟みながら、年上らしく優しく耳を傾ける。

「おばさん。私、面倒見の良いお姉さんでしょ!」と内心ドヤ顔を向けて過ごしていたが、夜中に事件発生。
トイレに起き、ベッドを出て数歩進んだところで方向感覚が無いことに気が付いた。
出口もトイレの場所もベッドの場所もわからず暗闇を彷徨ってしまった。

その瞬間、即座に頭に浮かんだ考えは、隣の部屋で寝ている叔母に助けを求めることだった。
なんだ、まだまだ子どもじゃないか。と自分にがっかり。


旅の終わりが近づく頃、母方の祖母と叔父と3人で船上レストランで食事をした。
船で湾岸を周遊しながら、優雅に食事するのは初めてで、出発前から心踊らせていたイベントだ。
幼少期からナイフフォークを使う機会も多く、この手のマナーはお手の物!!とはいえ、滅多に食べることのないコース料理とシャンとした空気感に押され、多少の緊張はあった。
2人に恥をかかせないことはもちろん、頼もしい姿を見せるべく気丈に振る舞って見せた。

船を降りた後、叔父にお土産としてオルゴールを買ってもらった。
船とは全く関係ない物を選んでしまったが、叔父は何も言わずにいてくれた。

家族と友達には自分でお土産を選んだ。いつもだったらこっちの方が良いんじゃないかと母に口出しされるけど、今日はそんなことはなく、全ては自分のセンスにかかっていた。
結局、無難にご当地のお菓子とクロワッサン、そして家族4人分の箸置きを購入。喜んでもらえるだろうか。

何日間か顔を合わせたことですっかり懐いてくれた従姉妹は、空港で別れるギリギリまで私に抱っこされ、心地よさそうにしていた。
きっと次会うとき、この関係値は元通りだろうことを分かっているからこそ、別れが名残惜しかった。
でもまた、物分かりの良いお姉さんは、0から関係性を築きあげるからね。


この旅でした、いくつかの背伸び。いつかそれらは自分に馴染むのだろうか。
内心ハラハラする出来事はいくつかあったけれど、がっかりされる言動は避けられたはず。

実際にはたくさんの大人に見守られていて、背伸びもきっとバレてたんだろうことも分かっている。
それでも私はこの旅を経て、確かにひとつ大人の階段を登った。





こんぶ

kikusukuライターの「こんぶ」です。アイドルとドラマとお酒を飲むことが好き。ラジオもよく聞く。好きが多すぎて、毎日忙しなく生きてます。

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